167 ロミオとジルとネオ
最も早く目的の場所に辿り着いたのは、風の力を使い、風のように飛び立ったロミオたちだった。
ロミオ、ジル、ネオは、目的の場所――、北東大陸ムーンシー国の片田舎、湖の傍に降り立った。
そこは、ムーンシー国の、自然豊かな村、バシウの近くの湖の畔だった。
そこは王都からは随分と離れ、広大な自然が広がり、花々が咲き乱れるような美しい湖畔だった。
「ここが、魔素の濃い場所ですか?」
ネオは、これほど美しい場所が最も魔素が濃い場所だとは到底信じられずに、ロミオに問う。
「魔素が濃いということは、様々な生き物に影響を及ぼすんだ。沢山の花々が絶えず咲いているのも、魔素の影響を受けたということだ」
ロミオの返事を聞いたネオは、美しく小さな花を見て、ぞっとした。
「魔素の濃い場所には、一様に、強い魔物がいたり、季節外れの草花が咲いているものだよ」
ロミオは可愛らしいピンク色の花を愛でながら言った。そのロミオはジルを見ると、
「大丈夫だ。高位魔族はまだ来ていない」
と、ジルは言った。
「よし、草木に隠れて待伏せして、迎え撃とう」
と、ロミオがネオとジルに言った途端、ジルに、氷のような冷たく恐ろしい感覚が肌を刺した。
ジルは一瞬で警戒し、瞳に、獣のような光が瞬く。
「下がって、ロミオ!」
ジルが叫び、周囲の草木を警戒する。
茂みを掻き分け、ゆっくりとした足取りで現れた女がいた。
「――なかなか良い考えだけれど、高位魔族が相手なら、隠れる意味などない」
女はハスキーな声で言い、ロミオ、ジル、ネオを順に見回した。
その女は、肩より短い赤髪の上から黒いベールを被り、細身だが長身で、血のような赤い瞳をしていた。
女は、メイクール国に、ウォーレッド国の使者として現れた、ミザリーという名の魔族だった。
ミザリーは自分の背丈程の高さの杖を右手に持っていたが、杖の先は槍のように尖り、二股に分かれている。尖った部分の少し下の中央部分には窪みがあり、そこに、大きな赤い石が埋め込まれていた。
「……変わった血筋の子だ。ただの魔族との混血ではなく、高位魔族と人の子とは――」
ミザリーはぴたりとジルの前で顔を止め、無表情のまま言った。
「だが、まだ目覚めてはいまい。石を持つ者たちも、所詮私の相手ではないな」
それが本来のミザリーの口調なのだろう。
彼女は見た目は女性であるが、性別という概念を超えた、一つの生き物のように見えた。
「随分と余裕だな。たった一人なら、僕らに分がある」
ロミオは、只ならぬ雰囲気を持つ女魔族を前に冷や汗が滲むが、何とか笑みを取り繕う。
「たった一人?」
ミザリーは口の端を持ち上げる。
「私一人でも無論相手にできるが、私には特別な魔術が使える。この能力を持つのは高位魔族と言えども、ごく僅か……」
ミザリーは大きく長い杖を掲げた。
すると、それに呼応するように、杖の中央部分の石が怪しく光る。
ネオは、杖が光るのを見て、なぜ自分はこんなところにいるのだろうと、愚かにも、今更ながら考えた。
「ふふ、よし、奴を呼び寄せよう。手早くお前たちを始末し、私の王、ビクスバイト様をこちらに呼び寄せるための、準備をしなくてはならないからな」
ミザリーは独り言ちてから、ベールを剥ぎ取り、顔を晒した。
「出でよ、魔の世界を荒し尽くした、最悪のドラゴンよ。……デュ・ゾウラ・ビクトル!!」
ミザリーは呪文の部分は聞き取り難い発音で声高に言い、言い終えると、杖の石部分が、コウウウウ……、と高い音を発しながら、更に眩しく光った。
「危ない! ここから離れて!!」
感覚の鋭いジルは、ミザリーの近くにいては危険だと悟り、ネオとロミオに叫び、駆け出す。
ネオとロミオは慌ててジルのいう方向に付いて行き、数十メートルは走った。
先ほどまでロミオたちがいた場所の空間が歪み、ゆっくりと左右に揺れ続けている。
ジ……、ジ……、と、無機質な低温が響き、周囲の歪みが大きくなる。
バシュッ!
光が瞬き、その光の眩しさにロミオたちは思わず目を瞑った。
一瞬後に瞳を開くと、グルルルル……、と、獣のような唸り声が上空から振ってきた。
「私の力では、これを召喚するのが限界か。どうせなら魔王様を召喚したかったがな……」
ふふ、と笑い、杖を手にした女魔族ミザリーは、現れたドラゴンを眺めていた。
ドラゴンは、十五メートルほどの全長に、背中には翼を持ち、赤い眼をし、鋭く太い牙が生え、体は鋼鉄のように硬い鱗と短い手足を持っていた。
長い首は反り返り、腹の部分は逆に出っ張ったような体系をしている。
銀色の鱗が光り、赤く切れ長の瞳は周囲を警戒しながらきょろきょろと動く。
体は地上十メートルほどの位置に浮き、バサバサと、大きな音を立てて、翼を動かしていた。
「……何ですか、あれは」
「これは驚いたな。本でしか見たことのない生物のお出ましだ」
ドラゴンを見上げて、恐怖を顔に張り付けたネオに、ロミオは、感動とも取れる声音で、やはり顔を上向けて言った。
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