洞窟の中 後半
(またはぐれた……)
ロゼスは片手で額を押さえた。
(全く、世話の焼けるやつだ)
洞窟の横穴は多数あり、横穴から更に穴が広がっていることもある。
とにかく、探すしかないと、ロゼスはパティの消えた方角へと向かう。
「パティ、あまり動き回るなよ」
ロゼスは眉間に皺を寄せ、願いを込めて呟いた。
パティは気が付くと、灯りのない暗闇にいた。
ランタンを持っていたのはロゼスだけだ。あの小さな灯が、あれほど心強いものだとはパティは知らなかった。灯りのない洞窟は闇一色で、何も見えない。
パティは闇に呑まれていた。
(どうしよう……闇が迫ってくるようで、怖い!)
パティは体中ががくがくと震え、その場に膝をついて、動けなくなってしまった。
パティは、耐えられず、恐怖に震えた。
――あの時もそうだった。
パティは森の中で魔物に遭遇したことを思い出す。
そのすぐ後、闇の奥から鈍く光るものがあった。
「灯り? ロゼスですか?」
パティは恐怖に震えつつ、必死の思いで立ちあがる。
僅かに洩れている光の元へパティは歩き出す。
パティはゆっくりと歩みを進め、暫くすると、明かりの灯った細い道へと辿りついた。洞窟の中の小さな細い道には、薄暗いがところどころにランタンがあり、誰かがそこへ置いているものと思われた。
灯りは洞窟の中に作られた扉へと続いていた。パティはその扉をゆっくりと開いた。
ぎい、と扉は古びた木の音が鳴った。
「誰じゃ?」
「あの、わたし、怪しい者ではありません」
パティが慌てて言うと、ゆっくりとした足取りで奥から白い髭を蓄えた老人が現れた。
パティはほっとした。
老人は穏やかな顔をした人間だったのだから。
「これは……天使か。嬉しい限りじゃ。死ぬ前に天使がここへ来てくれるとは」
老人は微笑み、目尻に優しい皺を刻んだ。
そこは小さな部屋のようで、温かかった。
ランタンの明かりが幾つも灯り、小さなテーブルに椅子、それに絨毯まで敷いてあった。奥には鍋やフライパン、キッチンの一角に
パティの背中の翼はたたまれていたが、彼女の翼は大きく、コートを着た背中が膨らんでいた。それを見た老人は、パティが天使だとぴんときたのだ。
「あなたはここに一人で住んでいるのですか?」
「ああ、そうじゃ」
年老いた男は言った。
「わたし、あの……連れの方とはぐれてしまいまして。どうすればいいかわからなくて」
「何じゃ、おぬし、迷子か」
フォッフォッと笑う老人を見て、パティは僅かに首を傾けた。
「そこにかけなされ」
老人は椅子に座るようパティを促した。パティは、小さめの椅子に座る。
老人は湯が沸いたポットを取りにいき、二つのコップを取りだした。
「まあまあ、ゆっくり茶でも飲みなされ。心が落ち着くぞ」
ハーブだろうか。心地良い香りの茶を老人は注いだ。
「お茶、嬉しいです」
パティの顔がぱっと輝く。
「どうしてこんなに暗い場所に一人で住んでいるのですか? 寂しくないのですか?……それに闇が、怖くはないのですか?」
「そうじゃのう。時には寂しくもなる。しかしほとんどはそう感じぬし、恐ろしくもない。却って、闇が落ち着く」
老人は皺の刻まれた顔をくしゃりと歪めて笑んだ。心に響くような深い声をしていた。
「ここに住む理由を説明するには、少し、話が必要じゃ。この国の昔の話を聞くか? おぬしの連れの者が来るまでの間――」
「ええ。なんだか面白そうです」
パティは、さっきまで震えていたことも忘れ、老人の滑らかな言葉に耳を傾けた。元々、物語を聞くのが好きなパティは、わくわくした。
「その前にあなたのお名前を教えてもらえますか?」
「わしの名はサイモン。およそ二十年前まではメイクール国王都で薬師をしておった。今はただの、獣に魅入られた老人じゃ」
「獣?」
サイモンは頷き、静かに語り始めた。
メイクール国で二十年前に起きたという、ある出来事を――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます