対価、ダンとの別れ 後半


「それはそれとして、そろそろ、いただくものはいただこうか」

 ダンは思い出したように言った。


「あ、金貨を取り返してくれたお礼ですね。ええ、ダンは何が欲しいのですか?」

「そうだな、パティのしている天の石のブレスレットも興味があるが――、やっぱり、一番は、この国の宝とまで言われる、そのナイフだな」

 ダンはロゼスの腰の辺りへと視線を向けた。 

 ロゼスは、ぎくりとした。


「マントの下のそれはブラッククリスタルのナイフなんだろ?」

「どうして、それを……あの時か!」


 カジノでエリオットと揉めた時、ダンは背後に立っていた。

「いや、驚いたぞ、そのナイフの鞘を見た時は。メイクール王家の紋章が刻まれていたからな。やっぱりそうなんだな?」

「何がこの国を気に入っている、だ。始めからこのナイフが目的だったんだろう!」


 ダンはこの国で最も価値のある武器を欲しかったのだ。王子の名を口にしたのも、王家の紋章を目にし、メイクール王家の者と関わりがあると察したからだ。

 その価値のあるナイフは何かの際に役立つだろうと、カイルがロゼスに持たせたものだ。しかしこれは金貨数十枚よりも価値があるであろう、国の宝だ。


「お前らに言ったことに嘘はない。この国を気に入っているのも本当だ」

「これは対価にはならない! 渡す訳にはいかないんだ。これをやるくらいなら金は全てやってもいい」

 ロゼスは腕を組み、ダンから目を反らし、ふいとそっぽを向いた。

「おーい、悪ぃが、俺は簡単に引き下がれねぇぞ。約束は約束だからな」


「――まあいいじゃないですか、ロゼス。ダンのいうものを差し上げてください」

 空気を読まず、パティはロゼスを見上げて朗らかに言った。 


「おい、パティ、黙っていろ! その価値も知らないくせに、勝手なこというな!」

「だって、ダンのいう通り、持っているものを一つ差し上げると約束しましたよね? それに、カイルもこういう時のためにそれを渡したのではないのですか?」


「いや、しかし――」

「約束は約束です。守らないといけないです」

 パティは押し切ってそう言い、ロゼスのマントを捲った。あ、これですね、というと、彼の腰に差さったナイフを取ろうとした。


「あ、馬鹿っ! やめろっ」 

 喚くロゼスに、パティはお構いなしに、ナイフを外そうとする。


「まあお前の負けだろ、ロゼス。大人しくいう通りにしろよ」

 くっくと笑いながら、ダンは言った。

 ロゼスは、くそ、と言いながら、諦めたようで、仕方なくナイフをパティに渡した。


 ナイフは、古びた革でできた鞘に納められていた。一見すると高価なものには見えない。しかしその柄には、メイクールの紋章が黒い文字で刻まれている。


(これは、本物だ)


 武器に詳しいダンにはその価値が分かった。

 笑顔のパティから、革でできた鞘に収められたナイフを受け取り、


(ロゼスは意外と尻に敷かれるタイプだな)


 と、ダンは思った。

 しかし、意図せずパティは正しいことをした。お陰でロゼスと揉めることなく、解決したのだから。

 もしロゼスが素直にナイフを渡していなければ、争いになっていただろう。そうなっていれば二人とも無事ではすまなかった。

 争いはダンも避けたかった。

 戦って勝つ自信がない訳ではないが、天使の悲しむ顔は見たくないし、ロゼスも良い兵士だ。怪我をさせたくはない。


「おーい、あ、いたいた、お頭!」


 少し遠くの方から、店から出てきた男二人が走りながら声をかけてきた。

「どこ行ってたんですか? 探しやしたよ」

 若い男と、髭を生やした中年の男は、ダンを見つけるや、駆け寄ってきた。


「あ、悪ぃな。もう用は済んだ。―パティ、ロゼス、じゃあな」

「ダン、またあなたに会えますか?」

「俺は世界を船で回っているから、縁が合ったら、また会えるさ。パティ、王子様に必ず会えよ!」

 ダンは子分らしき男たちを連れて去って行った。

 二人はダンの姿が消えるまで見送った。


「……そうか、ダン・フランシス。どこかで聞いた名だと思っていたが――」


 完全にダンの姿が消えた後、ロゼスがぼそりと言った。

「ダンを知っていたのですか?」

「ダン・フランシスと言えば、名だたる海賊の頭の名だ。世界の海を股にかけ、子分たちも世界中に散らばっているという噂だ。海賊の中でも最も力がある大きな勢力だ」


(あの男が、伝説とも言われる名高い海賊か?)


 まさか、あれほど若いとは思ってもみなかった。

 あの時エリオットに耳打ちしたのは、そのことだったのかと、ロゼスは納得した。

 本来ケチな詐欺師であるエリオットが、有名な海賊の長に喧嘩を売ったとなれば、びびって逃げ出したくもなるだろう。

 それにしても、今回は己の未熟さを思い知らされることばかりだった。ダンに助けられはしたが、代わりにブラッククリスタルのナイフを失ってしまった。


 パティはロゼスとは別のことを考えていた。


(ダン、きっとまたどこかで会える) 


 なぜかわからないが、パティにはそんな予感があった。


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