130 風の神の試練 3
風の刃は容赦なく評定者を攻撃した。
獣の姿の評定者は切り刻まれるが、その傷はいずれも致命傷ではない。評定者は風が止むとすぐにロミオの元へ駆け出し、再び狙ってくる。
「く……っ」
評定者は傷を多少負っただけでその速さは変わらず、ロミオは目で追うことがやっとで、銃を取り出したが、撃ちはしなかった。素早く、とても当たる気がしない。
(素早い動きのままでは避けられる。動きを止めなければ)
ロミオはこの神の試練を受けるにあたり、神具の杖を使って戦うことは予想がついていた。
「杖よ、あいつを凍らせろ!」
ロミオがいうと、びゅお、と冷風が立ち上り、杖の周囲から極寒の冷気が発せられた。杖から発せられた冷気は獣にまとわりつくと、周囲の雑草や空気を凍り付かせ、評定者の手足を凍らせ、あっという間にその動きを封じた。
ロミオは止めを刺すことを躊躇った。
(わかっている、動きを止めるだけでは試練を終えられない。あいつは、倒せと言っていた)
ロミオは苦悶の表情を浮かべ、再び銃をフォルスターから抜き、動けない獣に向かって構えた。
ロミオは一息付くこともなく、何も考えずに引き金を引いた。
考えては、銃を撃てなくなる。
ズガッ!
獣の姿のものは血を流して倒れ、少年ジルへと姿を変え、
「よくやった」
と掠れた声を発し、血を吐いた。
ロミオはそのものがジルではないと分かっている。
だがロミオは、そのものを哀れに思い、少年の姿の評定者を支え、ゆっくりと地面に横たえる。そのまま、膝を付いてそのものを見つめる。
「魔のものに情けなどかけるな。奴らは存在してはならないもの。共に生きることなどできない」
ロミオの腕に抱かれた評定者は、無症状のままそう言って消えた。
気が付くと、空からちらちらと雪が舞い降りていた。
ロミオは振り出した雪を見上げた。
(乗り越えたのか、試練を。充足感がない上に、胸糞悪い……)
どうやら、自分は風の神とは全く相容れない考えなのだとロミオは思った。
「期待はしていなかったが、倒したか」
長い銀髪をした、氷のように冷たい眼をした若い男の姿をしたその者は、表情が抜け落ちた感情のない顔をし、ロミオを眺めていた。
「風の神シーナ、か? 僕は試練を乗り越えたぞ」
ロミオは一辺の敬いもない声で言った。
人間嫌いなシーナはそれを咎めることさえ面倒なようで、何も言わなかった。
「あまり満足のいく戦い振りではなかったが、切り抜けたことは確かだ。力を授けよう。……試練で私が何を言いたかったかは、お前は分かっているな? それを胸に刻め。そうでなければ、お前たち人間に力を渡す理由はない」
シーナは冷たく言い、腕を前に伸ばした。
これ以上ロミオと無駄な会話をするつもりはないようだ。
途端に、ロミオは雪の上に倒れ込んだ。
(な、なんだ……?)
息苦しく、体が熱く、不快だった。
力がなだれ込んでくる感覚がし、ロミオはそのあまりの不快さに、意識を失った。
数時間が経っただろうか、目覚めたロミオは、本当に力を与えてもらったのだろうかと訝ったが、とにかく、試練を乗り越え、生き残ったのは確かだ。
ロミオはシーナが何を言いたかったかは分かっていた。
〝魔を許すな。そして、お前ら人間は所詮、神の駒でしかない〟
そういうことだろう。でなければあんな酷い仕打ちをする必要はない。
(神とは何なんだ。石を植え付け、人間に力を与える身勝手な生き物)
だがその力がなければ高位魔族とは渡り合えないのも事実。にしても、シーナは自分たち石を持つ者が死ぬことを恐れていた。
――なぜだ?
ロミオは、評定者が消え去った後の雪の上を眺めた。
そこには血の跡だけが残っていた。
――その頃、同じ北大陸のカストラ国の城では、騒ぎが起こっていた。
偶然にも、ネオはロミオが試練を受けようとした同じ頃、カストラ国の城を訪問しようとしていたところだった。
門番に名乗り、ネオはバノン王と謁見を賜ろうとしたが、門番は首を振り、
「今は客人と言えど城へは入れられない」
と拒否をした。
ネオがその衛兵と話している間にも兵士が続々と城へ集まり、バタバタと中に入って行く。
「何かあったのですか?」
ネオは訊ねたが、衛兵は事情を話せないようで、何も言わなかった。
「ライナ様!」
そこへ丁度、見知った顔である、王直属の護衛の女兵士ライナが通りがかったので、ネオは声をかけた。
「何かあったのですか?」
ネオは大きめの声を出すと、ライナは、ネオ殿、と口元で言い、近付いた。
「随分と騒がしいようですが……。実は、バノン王に折り入って頼みがありまして」
「頼み?」
「ええ、あの、神具をお借りしたいのです。あの神具、〝開放の剣〟は、私が持つ神具だとわかったのです。高位魔族と戦うために、〝開放の剣〟が必要なのです」
ライナは目を見開き、驚きの表情をした。
「そうでしたか。しかしそれは無理な話です」
「あの、神具を私に貸すなど、確かに無理であるのは承知していますが、どうしても……」
と話しを続けようとするネオに、ライナは、そうではありません、とぴしゃりと遮る。
「神具が盗まれたのです。ほんの数時間前に」
ライナは声を潜め、屈辱に顔を歪めた。
「盗まれた? あの剣が、ですか?」
ライナは、ええ、と言った。
神具は城の奥深くに厳重に保管されていた。
その保管場所は城の中でも一部の者しか知らされず、〝開放の剣〟の保管された宝物庫には常に衛兵が見張りをしていた。
「一体、誰に……」
神具が盗まれたと聞き、ネオの頭に一瞬、ツバキの顔が浮かんだ。
彼は過去にウォーレッド第二帝国から自分の神具を盗んだ過去がある。しかし今回のこととは恐らく関係ない筈だ。ツバキがネオの神具である〝開放の剣〟を盗む理由などないのだ。
「私は偶然その近くにいて、剣を持ち去った者の顔を見ました。その者はたった一人でカストラ国の城へ乗り込み、剣を盗んだのです」
「たった一人で? それはもしや、魔族ですか?」
「ええ、彼女は魔族でしょう。でなければその女の人間離れした戦い振りには説明がつかない」
――魔族の女。
(もしや、ツバキが言っていた、神具を狙っているという魔族、サラか?)
「その女魔族は長い黒髪と黒い瞳を持ち、爪を剣のように長く伸ばし、戦っていた。しかし、不思議なことに誰も死んでいないのです」
その者を止めようと、兵士は数名がかりで飛び掛かり、倒そうとしたが、あっという間に返り討ちにあった。けれども怪我はしたが、魔族の女は彼らを止めようとしただけで、兵士らは皆軽傷で済んでいた。
「その女は、どこへ行ったのですか?」
「……既に影も形もない。誰もその女には追い付けず、見失いました」
ネオは、ライナの話を聞き、愕然とした。
試練を受けるどころか、神具も手にできず、魔族の手に渡ってしまった。
ネオは拳を握り、これからどうすればいいのか見えなくなってしまった。
試練を終えた後は、高位魔族の情報を得るためにそれぞれに動き、何か分かれば知らせることになっているが、仲間の居場所がわからない場合は、かなり高額だが、数か所だけ存在する、闇市の貸しラーガの店を教えてもらった。
(一番近いラーガの店は、東大陸か。どの道アルたちも、ウォーレッド国に立ち寄るな。そこで待つか)
ネオは、仕方なく、自分の神具のことは一度諦め、来たばかりだが、東大陸へ向かうことにした。
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