129 風の神の試練 2


「……ジル?」


 ロミオは、家族のような存在である少年の漆黒の瞳をじっと見つめた。

 他に人気はないので、今自分を蹴ったのは間違いなく、この者だ。だがこの者はジルではない。ロミオはその者の目を見て、すぐにそれが分かった。


(ジルの眼はこんなに冷たくはない。そもそも、こんなところにジルがいる筈がない。ジルはダンのところにいるんだ)

 

「もう気付いたのか、ロミオ。やっぱり頭が良いな、お前は。オレを倒さなきゃ、試練は終わらない」

 ジル――、いや、ジルの姿を持つ者は淡々とそう述べた。


(考えを読まれた……?)


「ジルと同じ顔の者にそんなことを言わせるとは、僕は相当風の神に嫌われたようだな」

 ロミオは、その嫌がらせのような仕打ちに、ため息交じりに言った。


(しかし、試練を終えるには、ジル、いや、ジルの姿のものを倒さなければならないのか)


 ロミオは短剣を抜き構えた。

 ジルは瞬時に爪を伸ばし、ばっと飛びかかってきた。ジルは獣のようなしなやかな動きで、スタッとロミオの真後ろに着地し、すぐさま攻撃に転じた。


 ジルの長い爪は、振り向いたロミオの頬を掠り、僅かに血が散った。

 次いで、ジルは蹴りを繰り出す。

 まともにみぞおちに蹴りを食らったロミオは、呻いて蹲った。


「分かってるだろ? オレは本物のジルじゃない」


 蹲って動けないロミオに、ジルの姿のものは、見下ろして淡々と告げる。


 ロミオは数秒後、立ち上がってジルの姿のものを見据え、短剣を再び構えた。

しかしそのものは少し走ったかと思えば、突如、視界から消えた。

 ドスッ!

 その者は高く飛び上がって両手を絡ませると、その手でロミオの背中を強く打ち付けた。


「ぐ……あっ」

 ロミオは背中に強い衝撃を受け、背骨が何本か折れた。痛みのあまり、立ち上がることができない。


「お前、弱いな。それでも石を持つ者か? 他の石を持つ者に比べ、戦う力が弱いのは、お前が力を受け入れていないからだ。そんなんじゃ、例え試練を乗り越えたとしても、到底、高位魔族には敵わない」


 ロミオは雪に覆われた地面に這いつくばり、ジルの姿のものの声を聞いていた。


(見た目だけじゃなく、力も身体能力も恐らくジルと同等だ。僕では相手にならない。このままじゃ殺される!)


 ロミオは体にぐっと力を込め、何とか立ち上がった。


「お前は、何者なんだ?」


「ただの審判だ。風の神の作り出した、一時的な人形のようなものだ。実態はあるが、意思はなく、痛みも感じない。ロミオ、お前を評定するためだけに作られた。この試練を終えれば跡形もなく消える」


「……それは哀れだな。同情するよ。君の運命に」


 ジルの姿のものはロミオの言葉に顔色一つ変えず、黙っていた。

 本当に感情がないのだろう。どうでもいいようだ。


 評定者は今度は獣の姿に変身した。

その姿はジルが我を失った時に変化した、狼のような姿だ。


「ロミオ、何をすればいいか分かっているな? オレを殺せ。でなければお前が死ぬぞ。戦え、それがお前の役割なんだ」

 獣の姿のものはそういうと、ぐるる、と鳴き、ロミオに向かって駆け出した。


(役割、だと?)

 

 獣は大きな口を開き、鋭い牙を見せ、ロミオの首目掛けて迫って来る!


 ロミオは石を光らせ、首に食らいつこうとする獣の顔をぐっと掴み、押し返すと、腰に固定してあった杖を取り出して掲げた。


「杖よ、風の刃で攻撃しろ!」


 ロミオが叫ぶと、杖から鋭い刃のような風が生み出され、ひゅん、と評定者の元へと飛んでいった。


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