122 神の試練、はじまる

 ネオが故郷の母に手紙を書き、数日が経ったある日、手紙の返事が届いた。

 アルはダンからラーガを借り、アルがクルミから借りたラーガはネオが使ったのだ。


 ネオは旅に出る前に、年の離れた妹、ナターシャから愛用のブローチを受け取っていた。こんなものでいいのだろうか、と不安だったが、手紙の返事が無事に届いたので、ラーガは凄い鳥だな、と感心した。

その夜、ネオは一人、数日取っていた宿に現れたラーガの足に括られた袋の中から手紙を開いた。

 

『ネオ、久しぶりですね。無事に腕輪を取り戻したとのことで、ほっといたしました。

 我がロベート・ガラ家は腕輪を貰い受けましたが、神具に関わる書物等は存在しませんでした。そこで私はムーンシー国の城へ出向き、ノートイ様にお話しを伺いました。

およそ七十年前、二第前のムーンシー国王が、この北東大陸の神具、〝開放の剣〟を北大陸へ預けることを了承する、という内容の書物が残されていました』

 ネオはそこまで読み、意外な思いだった。


(北大陸でロミオが使ったあの剣こそが、私の神具だったのか)


 あの時もし剣に触れていたら、クルミのように神具の力を確認できていたのだろうか。

 そう思っても今更遅い、とネオはふっと口許を歪めた。ネオは手紙の続きを読む。


『……そのことから、あなたの神具は〝開放の剣〟ということになります。ですがこの神具はどうやら、他の神具とは異なり、その力や使い道は厳重に管理され、真の神具の持ち主のいるムーンシー国にその使い道を記すことを他国の王たちは賛成しなかったのです』


 ネオは母からの手紙をそこまで読み、息を吐き、一度水を口にした。


『その使い道を記した文献は、唯一、ウォーレッド国に残されているようです。この先はノートイ様の想像ですが、ウォーレッド国にある世界最大の図書館、〝ヴィスイラー図書館〟に厳重に保管されているだろう、とのことでした。それなりの地位があり、所在のはっきりとした者以外は目を通すことはできないでしょう。

ロベート・ガラ家の嫡男であるあなたでしたら、目を通すことくらいはできると思います。体に気を付け、役目を終えた時、家に戻って来てください』


 最後にはそう締め括られていた。

 あれほど煩わしかった母であるが、離れてみれば、それほど嫌な方ではなかったのかもしれないとネオは思った。


 ロミオは〝開放の剣〟や他の神具のこともウォーレッド国で調べてみる、と手紙に書いていた。

 剣の使い方に関しては後々ロミオに訊ねるとして、まずは〝開放の剣〟を手にしなければ始まらない。


(バノン王に剣を貸してくれるよう頼んでみるか)


 一応、バノン王とは面識がある。


「どうなるかわかりませんが、北大陸へ行ってみますか」

 ネオは窓から夜空を見上げ、呟いた。



 ネオが北大陸へ向かい、一週間ほど経った頃、クルミは故郷のグリーンビュー国へ帰郷していた。

 クルミは少し前に様々な出来事があったその城の、ダイス王が命を奪われた地下の宝物庫にいた。

 血は拭き取られていたが、陽は入らず、小さな灯りだけが灯り、不気味だった。だがクルミは宝物庫の暗い地下で、夢中になって古い本を読んでいた。

 

「……〝飛翔の靴〟の使い方と、神地のことも書いてある――」


 クルミは顔を輝かせ、一通り本を読み終えると、ばたん、と本を閉じ、瞳も輝かせた。クルミはその場に置いた荷物を持ち上げ、すぐに城を後にした。

 


 そのおよそ二日後、彼女は西大陸の神地と呼ばれる山に入っていた。

 そこは西大陸の東に位置する山岳地帯で、標高三千メートル級の山々が連なっていた。

 その一つの山の頂を目指し、クルミは歩いていた。


「やっと着いた……」

 頂上に辿り着いたクルミは、息を整えるために深呼吸をした。


 山の頂上のせいか、そこが神地と呼ばれる聖なる場所であるせいか、当然だが、神聖な空気に包まれていた。


 西大陸が、山の神ユリオスを崇める地であることは、誰かに聞き、どこかで耳にしたことがあった気がするが、ここに来るまでは忘れていた。クルミはいよいよ神の試練を受けるべく時が来て、珍しく、緊張をしていた。


 前日に石を光らせる時間を計ったが、およそ四分五十秒だった。まだ五分に満たないが、ほぼ条件はクリアしていると言っていいだろう。

 神の試練がどのようなものか分からないので、クルミはいつものように身軽な服装に武器を持ち、足には神具の〝飛翔の靴〟を履き、呼吸を整えた。


「あたしの名はクルミ・レイズン。山の神ユリオス、あたしの声が聞こえていたら、返事をしてください」


 クルミは瞳を閉じ、両手を組んで、静かに言った。


 神に呼びかけるなど初めてのことで、疑問を抱きながら口にしたが、異変はすぐにやってきた。


≪……私に呼びかけるのは、其方か。私が過去に選んだ石を持つ者の末裔の娘よ≫


 ざわざわとした風の音が鳴っているだけだと思ったが、次の瞬間、クルミの脳裏に直接響く、山のような清々しい、しかし重厚な声がした。

 クルミは思わず眼を見開き、辺りを見回す。

 だがユリオスはその場にはいない。頭の中に声が響き、周囲の空気がぴんと張り詰め、肌を刺すような感覚があるだけだ。

 

「あの、あたしは西大陸の石を持つ者です。試練を受けるためにあなたに呼びかけました」


≪……そうか、久方ぶりに試練を受ける者が現れたか。だがその意味があるかどうか、疑わしいが≫ 


 ユリオスの声はどこか沈んでいた。


「それはどういう意味ですか?」


≪時期に、分かる。娘よ、だがまだ死にたくはなかろう? 試練を受ければ死ぬかもしれぬぞ≫


 少し間を置き、山の神の声が再び頭に響いた。


「死ぬつもりはありません。あたしは自分を信じています。きっと試練を切り抜けられる、と」


≪自信過剰な娘だ。だが、今までの者たちより、威勢が良いな≫


 ユリオスは笑っているようだった。

 クルミはユリオスが気に入った。神とはもっと傲慢で、己の考えに固執した、自分勝手な生命体だと思っていたが、ユリオスは話しの分かる神のようだ。ライザもそうだが、神は、クルミが思っていたイメージとは異なる者もいるようだ。


「それで、あたしは試練を受けられますか?」


≪良かろう。其方は試練を受ける資格を有している。其方の試練は……ある魔物を倒すことだ≫


「魔物――」


≪これから其方を体ごと、とある村を襲った過去の記憶へと飛ばす。そこでは其方は実態があり、傷も負うし、痛みも伴う。魔物に殺されれば死ぬ。生き残るにはその魔物を倒すしか手はない≫


(魔物を倒す――。それが試練)


 数多くの魔物と戦ってきたクルミからすれば、それは一見、簡単なように思えた。だが油断はできない。クルミは大きく息を吐き出すと、

「上等だね、準備はもうできてるよ」

 と、いつもの強気な口調で言った。

 

 その瞬間、クルミの体はユリオスの生み出す聖なる光に包まれ、煙のように消え去った。


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