121 クルミとダン

 ダンは一つの決意を固めていた。

 だからネオが船で使っていた部屋に荷物を取りに行ったタイミングで、すぐにクルミの後を追い、

「クルミ、話しがあるんだ」

 とだけ言い、腕を引っ張り、甲板まで連れ出した。

「ダン? ちょっと、話しならここで聞くから――」

 というクルミの抗議には耳を貸さず、珍しくダンは強引な手段に出ていた。


 力任せに腕を引っ張っられるなど初めてのことで、クルミは戸惑っていた。

 甲板に着くとダンはやっと腕を放したので、クルミはほっとした。

 

「……話しって何?」


 クルミは何だか、ダンが別人のような気さえした。

 クルミをじっと見つめるダンの眼差しは真剣で、なぜか緊張感が漂い、その目を見ていたクルミにまで緊張が伝わった。

 ダンはクルミにとって、いつも穏やかに話す、心根の大きい、温かな人だった。

 しかし今目の前にいる彼は挑むような強い瞳で、その上緊張していて、強引に引っ張ったりして、何だか様子がおかしかった。

 何なんだろう、と思っていると、ダンが言った。


「クルミ、神具も石を持つお前も魔族に目え付けられてる、油断するなよ!」

「うん、それは分かってる――」


 とまでクルミが言ったところで、ダンはクルミの腕を引き寄せ、抱き締めた。


「……それから、試練てのも、無理だと思ったら止めてもいいんだ。お前が命張る必要なんてねえんだ!」


 クルミがダンの行動に茫然としていると、抱き締めたまま彼は言った。

 その力は強く、クルミはダンの腕を振り解こうとするが、戸惑いと、長身のダンにがっしりと抱き締められているために思うように力が入らない。


 あれ、あの時と似ている、とクルミは思った。

 初めてダンに会った時もそうだった。

 ダンは命を粗末にするな、と怒っていた。



 その時クルミは、〝迷いの洞窟〟と呼ばれる、非常に入り組んだ洞窟の奥深くに眠るという武器を探しに来ていた。

 クルミはその洞窟でもう三週間、洞窟の最も深部にある場所を目指して進んでいた。食料は底をつき、水ももう後僅かしかない。四日も食事を口にしていないので力もほとんど出ない。力が出ないので、魔物に出くわせば、殺されるかも知れない。


(もう戻らないと――、でも後少し……)


 引っ込みがつかず、クルミは後戻りできずにいた。

 疲れと空腹に耐えかね、体を横たえ、数十分経っただろうか、背後から何者かがクルミの顔の前に剣の刃を突き出した。

 そいつは盗賊か追剥らしく、

「食料と金を出せ」

 と脅してきた。

「冗談じゃ、ない」

 クルミは起き上がってそう言った。

 体が思うように動かないが、応じる気はなかった。

「じゃあ死ね」

 盗賊の男はにやりと笑ってそう言い、剣をクルミに突き立てようとした。


 クルミは力を振り絞り、それを避けようとする――、するとクルミの背後から投げられたナイフが男の腰に刺さり、

「うああっ」

 と男が叫び声を上げ、転がった。

 ナイフを投げたのは深緑色の鋭い眼の男で、彼は喚く男に更に攻撃をしようとすると、盗賊の男は逃げ去った。

「おい小娘、ばかみてえな意地を張るな! 命を粗末にするな! 大人しくいうこと聞いとけよ、死ぬよりマシだろ」

 その深緑色の目の長身の男はクルミの傍に寄って来て、いきなり凄い剣幕で怒鳴りつけてきた。


 ――それがダンだった。

 

 小娘と呼ばれたことや、「あんたなんか出て来なくても負けはしなかった」、と文句を言おうとしたが、クルミは不覚にも空腹のあまりその場に倒れてしまった。

 これほど情けなく、自分が愚かだと思ったことは後にも先にもこの時だけだった。

 その後、ダンはクルミが目覚めるまで傍にいて見守り、何も言わずに持っていた食事を与えた。

 後で聞いた話ではダンはその時、小柄なクルミを子供だと思ったようで、自分も洞窟の奥深くにあるという宝を狙っていたのだが、クルミを放っておけなかったそうだ。

 もう二年も前のことなので、今よりもクルミは小柄だったので、ダンが子供だと思ったのも無理はないが。


 そんな昔のことを思い出したクルミは、ああ、ダンはきっと、仲間が死ぬのが耐えられないのだと思った。

 ダンの過去を知った時、彼は多くの大切な者を失ったと知った。だからダンは、海賊という名ではあるが、身寄りのない者の世話をし、いつだって助けてくれるのだろう。


「ダン……、心配してるの、あたしのこと? 大丈夫。あたしは死なない。きっと試練を切り抜けられる」


 ダンはクルミの声を聞き、抱き締めた手を両肩に持っていき、クルミの目を見つめた。


「ああ、心配だ。クルミは強いししっかり者だが、無茶するし、戦えば傷つく。お前が本当にやりたいのは戦いなんかじゃなく、商売だろ?」

「それはそうだけど……」


「あのさ、俺、ずっと、クルミの事――」


 ダンが顔を少し赤らめ、クルミをじっと見つめ、そこまで言った時、ネオが凄い勢いで走り込んで来た。


 ぜいぜいと荒い息をし、ネオはクルミとダンの間に割って入り、二人を引き離した。

「そうはいきません」

「おい、今大事なところなんだ! 邪魔すんじゃねえ!」

「邪魔しなきゃどうするんですか? 油断も隙もない」


 ダンが文句をいうと、ネオも負けじと不快そうに顔を歪めて言った。 

 その後二人はなぜか言い合いになり、「クルミと会ったのは俺が先だからお前は引っ込んでろ」だの、「そんな馬鹿な言い分が通る筈がないでしょう」だのと、よく分からないが不毛なやり取りをし始め、騒ぎ出したので、クルミはあっけに取られた。


「何なの、一体。……変な奴ら」

 恋愛経験がなく、恋をしたこともないクルミは、二人が争う訳が分からず、呆れた様子で見ていた。

 

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