123 ダンとジルとロミオ 前半

 クルミが神の試練を受けようとしていた頃、ダンが数名の海賊の子分と乗り込んでいた船は東大陸に上陸した。

 ダンは海賊業をこなしながら各大陸を巡る内に、通常よりも早い航路を見つけ、大陸を移動することができるようになっていた。


 東大陸ウォーレッド国は、各大陸の中で最も厄介な国だった。

 ウォーレッド国は例え小物の悪党であろうとも、入国は許されない。

 港に船が入ることは通常の船でも困難であるのに、海賊船が簡単に停泊できるものではない。


 ダンの持つ船が海賊船だとばれれば、投獄ではすまされないため、ダンは大きな帆船では入国せず、船は港から離れた海の上に停留させ、ダンは一人、小型のボートでこっそりと入国を果たした。


 ウォーレッド国は、王政を用いてはいるが、王族は代々軍事に携わり、軍事政権を掲げ、民を率いてきた。そのせいか、ウォーレッドの国王は好戦的で、なおかつ、野望に溢れた傾向にあると噂されている。

 港や王都等大きな街にはそこら中を衛兵がうろつき、海の上でも小型船から兵士が目を光らせているのは、そう言った訳だった。


 顔はそれほど知られていない筈だが、一応、ダンは首に巻いた布で顔の周囲を覆い隠した。


(これだからこの国は厄介なんだ) 

 

 顔を半分ほど隠したダンは、王都に辿り着き、ロミオがいるとされるヴィスイラー図書館の前で様子を窺っていた。

 広大な敷地に建てられた、古びてはいるが重厚で、なおかつ、美しい建物だ。何本も聳え立つ大きな円柱が特徴で、神殿のような造りをしていた。

 その神々しい姿に似合わず、正面玄関には数名の衛兵が立ち、睨みをきかせていた。


 ダンはどうやって潜り込もうかと考えあぐねている内、黒髪に黒い瞳の少年が自分を見ていることに気付いた。


「……何だお前? 俺に何か用か?」

「あんた、もしかして、パティたちの知り合いか?」

 訊ねたのに少年にそう問われ、ダンは少々面食らったが、そうだ、と言った。


「案内するから、こっちに来て。中に入れる」

「分かった」

 ダンは少年の後ろを付いて歩く。

「お前、名前は? なあ、何で俺がパティの知り合いだって分かったんだ?」

 歩きながらダンは言った。


 ジルは無口なので、初めて会った者に気軽に話すようなタイプではないが、ダンの気さくで他人に壁を作らない雰囲気はどことなくロミオと似通っていて、ジルはダンをそれほど警戒せずに済んでいた。


「……名前はジルだ。アルから前に手紙が来て、ダンていう海賊の仲間がいるって書いてあったから。お前、怪しかったから、海賊かと思ったんだ」

 怪しいって、失礼な奴だな、とダンは思った。


 ジルに付いて行くと、正面の入り口ではなく、裏手に回った。しかし扉と呼べるようなものはなく、二階に窓があるだけだ。


「まさか入れる場所って……」

 少年が窓を見上げていたので、ダンは嫌な予感がした。

「お前、あそこに上がれるか? 上がれなかったら、オレが飛ばす」

「飛ばす?」

「この建物は簡単に入れないから、忍び込むしかないんだ。ロミオも、本当は、一度しか入ったら駄目だし、ロミオの見ている本も見てはいけない本だけど、こっそり忍び込んだ。……オレが担いで飛んだんだ」


 平然と言ってのけるジルの言葉で、ダンは、ジルがただの子供でないのだとようやく気付いた。

 確かに、意識してみれば、ジルは只者ではない雰囲気がある。


「担がなくていい。自分で上がれる」

 ダンは窓を見上げ、そう言った。

 名立たる海賊の長の自分が、ただの子供でないとは言え、子供に担がれるなど、プライドが許さない。 


「じゃあ、オレが先に行く」

 そう言い、ジルは十五メートルはある窓まで何なく飛び上がると、窓枠に手をかけ、体を持ち上げ、その開いた窓の中に一回転をして滑り込んだ。


「すげえな」

 思わずダンの口から感嘆の声が漏れる。しかし感心している場合ではない。人が通りがかる前にあそこへ上がらなくては。


 ダンは背負った荷物から縄を取り出し、それを開いた窓の中に投げ入れた。


「それ、持っていてくれ!」

 少し声を張ると、ジルが顔を出し、縄を掴む。

 それを見たダンはするすると壁をよじ登る。

 結局ジルの手を借りた訳だが、まあよしとしよう。


 図書館の中に入ると、そこには、空色の瞳にぼさぼさの茶髪をした人懐こそうな雰囲気の男がいて、こっちこっち、と手招きをしている。

 ダンは頷き、背の高い本棚の立ち並ぶ中、男の後ろをついて行く。


 陽の当たらない、狭く人気のない小さなスペースがあった。そこには椅子や小さな机があり、こっそり書き物でもしていたのか、ランタンの灯りで書き途中の羊皮紙のある机の上を照らしていた。


「お前、ロミオって奴か?」

「そうだよ。ロミオ・クルスだ。窓から見ていたけど、君は、ダンかい?」

「ああ、ダン・フランシスだ」


 ダンは言った後、背負った袋から布に包まれた棒の布を剥がしてそれをロミオの前に置いた。

 同じように、金の腕輪も差し出した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る