ダン・フランシス 後半
エリオットは機嫌が良かった。
このままいけば、相当な大金を手にすることができる。そうすればケチな詐欺などもうしなくてもいい。
―もっと大きな事を起こすこともできる。
カジノで遊んでまださほど時間は経っていないが、稼いだ金は倍以上に膨らんでいた。
「ついてるじゃねぇか」
にやりと口の端を持ち上げ、長身の、深緑色の鋭い眼の男が、肩に手を置き、エリオットにそう声をかけてきた。
「何だお前は? 気易く触るな」
エリオットは男の手を振り払い、憮然とした。
「つれないこと言うなよ」
無視しようと再び前を見ようとするが、男はしつこく話しかけてくる。
「お前、エリオットだろ? せこい詐欺師って噂になってるぜ」
エリオットは男を睨んだ。
「証拠でもあるのかよ? 言いがかりはよしてくれ、人を呼ぶぞ」
エリオットの言葉に男は顔色一つ変えず、代わりに周囲の客たちが、
「ダンじゃないか!」
「お、ダンか。戻って来たんだな!」
と、次々と声をかけてきた。
エリオットは、ちっ、と舌打ちした。
ダンと呼ばれた男は顔見知りが多いようだ。男に好意的な者が多ければこの場から締め出す事は困難だろう。
「ダン、賭けをするのか?」
顔見知りらしい男が言った。
「ああ、ここで見てたらうずうずしてきてな。なあ、エリオット。俺と勝負しねぇか?」
ダンはそういうと、麻袋の中から、大量の金貨を取り出した。
「なっ……!」
エリオットは眩しく光る大量の金貨に唖然とし、次いで、
「いいだろう」
と何とか落ち着いた声を発した。
「それじゃ、こいつで勝負だ」
ダンは、目の前にあるルーレットに顎をくいと向ける。
「ルーレットか。いいだろう。ルーレットは得意だ」
「へえ。奇遇だな。実は俺も得意なんだよ」
二人は、ルーレットを挟んで向い合って座った。
「ダンが勝負するぞ!」
「相手はエリオットだって」
などと、有名人らしいダンの周囲には人が集まり、いつの間にか、わらわらと二人を取り囲んでいた。
その様子を、少し遠巻きに、パティとロゼスは見ていた。
「ダン、大丈夫でしょうか?」
「どうだろうな。まあ、あいつが負ければ他の手を考えるまでだ」
パティの問いに、ロゼスは特に心配する様子もなく淡々と答えた。実際、ダンが負けても何の損害もない。
(しかし、何だ、あの大金は?)
ダンはその鋭い眼と凄みから一般人には見えないが、裕福な人間にも見えない。
(……あの男は何者だ?)
ロゼスは、考え込んだ。
「オレは赤に賭ける。金貨十枚だ」
エリオットが言った。
「じゃあこっちは黒だ。金貨は、十枚」
エリオットはにやりとした。
ルーレットのディーラーは先ほど買収してある。元手さえあれば、賭事には勝つ方法はある――。
(まともに勝負することなどない)
ルーレットの盤上で玉がくるくると回り、やがて止まった。そこは、赤の上。
「オレの勝ちだ」
エリオットはそれ見たか、と言わんばかりのしたり顔をしていた。
「ついてるって本当なんだな」
ダンはテーブルに肘をつき、何でもないことのように言い、再び金貨を差し出した。
「俺は長ったらしい勝負は嫌いなんだ。次で終わりにするぜ。この有り金を全て賭けよう」
眉一つ動かさず、平然とダンは言った。
(な、なんだと?!)
思わず、エリオットは椅子から立ち上がった。
「お前は馬鹿か? 今さっき、オレに負けたばかりだろう? それなのに全ての金を賭けるのか?」
エリオットは大きな声を出していた。
「なんだ、意外と優しいんだな、エリオット。俺を心配してくれてるのか?」
ダンはあっけらかんと言い、鋭い眼をエリオットに注いだ。ダンは何の焦りも心配もしていないようだった。
(こいつ……やばい奴だ)
エリオットは直感で悟った。
たまにこういう奴はカジノにいる。大金を儲けようが失おうが、何とも思わない、危ない橋を渡ることが好きな輩だ。そいつは、人生がそれで狂ったとしても何も感じないのだ。命のやり取りでさえも、平然とやってのける。
そういう奴は、大抵、生きるか死ぬかの選択を迫られるほどの状況に見舞われてきたか、頭の狂った馬鹿だけだ。
「ふざけるなよ」
エリオットは、拳を握り、やっとのことで低い声を絞り出した。
「さあ、どうするんだ、エリオット。金は賭けるのか?」
(大丈夫だ、勝つのはオレだ)
エリオットは、自分に言い聞かせる。
「ふん、いいだろう。全て、賭けてやる。赤だ!」
エリオットは、自分の前の金貨を全て、差し出した。
「そうこなくっちゃな。俺は黒だ」
ダンも、テーブルに大量の金貨を乗せ、躊躇いなく差し出した。
周囲の人々は歓声を上げ、ルーレットが回り出す。
徐々に加速し、暫く盤上で何度か回り、やがて、ゆっくりと、玉は赤に止まった。
エリオットが隠しきれない笑みを零しかけたその時、玉は一つ動き、黒い穴へと止まったのだ。
エリオットは、みるみる内に蒼白になる。
「こんなの……イカサマだ! ありえないだろう、動いたんだ、玉が!」
ダンはその様子を鼻で笑った。
「エリオット、てめえは、俺の勝負を受けた時点でとっくに負けてんだよ」
「なんだと?」
エリオットは額に冷や汗を滲ませていた。
「俺はルーレットで負けたことはない。俺は、操れるんだ。盤上の玉をな」
「それは……イカサマだ!」
「おいおい、人聞きの悪いことをいうなよ。してねえぞ、イカサマなんてな」
「おい、誰かこいつを兵士に付き出せ! イカサマしやがった! 聞いてるのかよ、おい!」
周囲の者たちはエリオットの言葉に白け、しんとしていた。誰も何も言わず、動かなかった。皆、呆れ顔でエリオットを見ているだけだった。
「諦めて金を全部出せ。見苦しいぞ」
ダンは、喚き散らすエリオットに言い放つ。
「うるさい! 誰が、そんなこと――」
ダンの説得も聞き耳を持たず、エリオットは金貨を搔き集め、袋に入れて駆け出した。
逃げ出した先には丁度ロゼスとパティがいて、エリオットはパティとぶつかり、その勢いにパティは倒れた。
パティがエリオットとぶつかり倒れる瞬間、彼女は腕を引っ張られ、立ち上がらせられた。
「奇遇ですね、パティ様!」
エリオットは、強引にパティの腕を引っ張り、小さな天使を締め上げた。
「きゃあっ!」
「ちぃっ」
パティの悲鳴に、ロゼスが舌打ちし、すぐさま、攻撃の体制を取る。
「やめとけよエリオット。怪我するぜ。パティを離せ」
ダンは落ち着いて言った。
「う、うるさいっ! 動くな、動けばこの娘は――」
ロゼスがエリオットを取り押さえようと腕を振り下ろそうとしたその時――、
バシッ!!
金貨が一枚、エリオットの額に命中した。
金貨はパティの足元に落ち、パティを締めていた腕は解かれ、エリオットは気を失い、その場に崩れ落ちた。エリオットの額からは、一筋の血が流れた。
「だから言ったろ? 怪我するって」
ダンは、白目を剥き倒れたエリオットを見下ろし、こうなることが分かっていたように、頭をぽりぽりと掻いた。
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