13 ダン・フランシス 前半
三人はカジノから少し離れた、周囲にあまり店のない静かな場所にある酒場に来ていた。
扉に掲げられた小さな木の看板には、〝リサの店〟と書いてあった。
数人が座れるカウンターと、四角いテーブルが数個あるだけのこじんまりとした店だったが、煩い音楽や酔った客で溢れることなく、居心地の良い店だ。
三十過ぎの女主人がカウンターの奥でグラスを拭いており、数人の常連客がちびちびとウイスキーやワイン、ビール等を飲んでいた。
「俺はダン・フランシス。良い店だろ? この街では一番酒がうまく飲める」
ダンはそう言って、取り置いたボトルを一人開け、パティとロゼスに注いだ。
「お嬢ちゃんにはまだ早いか」
ダンはそう言い、ジュースを一つ注文した。
「ダンですね。パティと申します」
「ロゼス・ラジャエルだ」
パティに促され、ロゼスは一応名を名乗った。
ダンは深い緑色の眼の奥に鋭い光を宿し、その纏う雰囲気からロゼスは自分より年上だと思っていたが、彼は、年は二十一歳だと言った。
ロゼスはというと、恐らく二十歳前後だ。というのも、記憶を失くしているせいで本来の正確な年は分からなかった。
ダンは大きめの丈夫そうな袋を持ち、腰にはナイフを差していた。
「いや、俺は――」
「いいじゃねえか、飲めよ。俺のおごりだ。安もんだが、そう悪いもんじゃない」
目の前に酒を出され、ロゼスは少しだけ口に含む。
ダンはロゼスとパティを交互に見た。
パティは間違って注がれた酒を、じっと興味深気に見つめていた。パティはどう見ても酒を飲んでいたとは思えないし、天の世界に酒があるのかも謎だ。
「飲むなよ」
酒を飲んだ天使がどうなるか不明なので、ロゼスはパティを制した。
二人の様子をダンは面白そうに頬杖をついて眺めていた。
「変わった奴らだと思っていたが、天使と兵士か」
ロゼスはぎくりとした。見抜かれている。
ロゼスが思わず立ち上がろうとすると、
「お、当たりか? まあまあ。取って食やしねえよ、座れよ。お前ら目立つんだよ。自覚しろよな」
ロゼスは何だか恥ずかしくなり、無言でまた腰かけた。
「ロゼスは殺気がだだ洩れだし、歩き方や話し方に兵士の癖が出ているし、パティは無防備な上、背中が膨らんで、幼いが綺麗な目立つ顔を晒してたら、誰だってお前らを見ちまうさ」
(俺は未熟だ)
ロゼスは肩を落とした。
「そう落ち込むなって。俺は特別に勘が良いんだ。それで今まで生きてこられたんだからな」
ダンは自分の頭を指差し、にやりと口の端を持ち上げた。
パティは、きょとんとその様子を見ていた。ジュースを口にし、次に酒のつまみをちらと見た。
「さて、本題だが、お前ら、エリオットに金でも盗られたか?」
「ええ、実は、多くの金貨を……。私のせいなのですが」
パティは、目の前のソーセージを食べるのを止め、申し訳なさそうに言う。
「そいつは災難だったな。しかしあいつ、どう料理してやろうか」
「ダン、あなたは、エリオットが悪い人だと知っていたのですか?」
「ああ。久々にメイクール国に来てみりゃ、知り合いからつまらねえ詐欺をする野郎がいるって聞いてな」
「お前は旅人なのに、この国に知り合いがいるのか?」
「まあな。年に数回しか来てねえが、知り合いは多いな。エリオットのことを聞いて、どんな野郎かと思ってカジノで様子を見てたんだ」
「なぜメイクールの兵士に何も言わない? エリオットを兵士に捕えてもらえばいい」
「わかってねえな。そこがあいつのずる賢いところだ。証拠がありゃ、とっくに牢にぶち込まれてるだろ。何も証拠がねえから、ここの奴は俺に頼んでんだ」
ロゼスは感心した。
この北西大陸は自分たちメイクール国の兵士が安全を守り、犯罪を取り締まらなければならない。それなのに、自分たちはエリオットのような輩を放置し、年に数度訪れる旅人のダンがその状況を把握し、何とかしようとしているとは。
「ま、気にすんなよ。城の周辺にいるような立場の兵士が街の中のことは分からねえだろ」
ダンは、真面目な顔で考え込むロゼスに言った。
「だが、このへんであの野郎をとっちめてやらねえとな」
「ですが、証拠はないのでしょう?」
「証拠なんて必要ねえさ。俺にかかれば、あんなケチな詐欺師、二度とこの街に来させねえようにしてやる。ついでに、お前らの金貨も取り返してやる」
不安そうなパティに、ダンは腕を組んで足を開いて言った。
「そんなことができるのか? それになぜそんなことをする? 関係のないお前が?」
このチンピラのような鋭い眼の男が、世のため人のために動くような人間とは思えず、ついロゼスは失礼な言い方をした。
「小さなことを放っておけば、やがてでかいことになる。特にエリオットのような奴を野放しにしたら、厄介だ」
ダンは、ロゼスの口調など気に止めず、遠くを見るように話した。
「それに俺はこの国が気に入っている。この国は、王がいい。だからこの国の奴らは金がなくても、幸福そうにしてやがる」
「理由はそれか? 信じられんな。なんの見返りもなく、金貨を取り戻すと?」
「いいや、見返りは貰うぞ。お前らの金を取り戻したら、お前らの持っている物を、俺が一つ貰う」
「それが本音か」
ダンが鋭い眼をロゼスに注ぐと、ロゼスは冷たく言った。
「全部本当だ。それに俺が貰うものは対価だ。それともロゼス、お前は、自分たちが何の見返りもなくただで人が動いてくれる、価値のある人間だとでも思っているのか?」
ダンは、手の平を上向け、意地悪く言った。
ロゼスはダンを睨みつけ、何だか一触即発な雰囲気にパティは二人を交互に見て、おろおろとした。
(やっぱり、お金がいるのでしょうか?)
「ロゼスも、自分の失敗の尻拭いをただで人にさせるのは気持ち悪いだろ?」
「――まあ、いいではないですか、ロゼス」
ロゼスは再びダンを睨んだが、間にパティが割って入る。
「たった一つ差し上げるだけなのでしょう?」
パティは朗らかに言い、ロゼスはその言い方に毒気を抜かれた。
「……わかった。ダンの言う通りにしよう」
「よし、契約成立だな」
ダンは親指を立てて見せた。
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