カジノでの出会い 後半

「わあ。大きい建物ですね! 凄いですね、カジノって」


 ジダン街の中央に位置するカジノは、街を発展させたシンボル的存在で、広い敷地には屋敷のような建物が建ち、夜だというのにその建物からは幾つもの灯りが漏れていた。

 建物の中からは陽気な音楽が聞こえ、人々の話し声や笑い声も響いていた。

 パティは瞳を煌めかせて、感嘆する。


はしゃいでいる場合じゃないぞ。金貨を取り戻さなければならないからな」 


 そう言ったものの、ロゼスも内心ではカジノの大きさ、豪華さに感嘆していた。

 ロゼスは賭博には興味がなく、城の警護や日々の訓練などに追われ、遊び歩いたことなどなかった。

 仕事以外で王都から出ることはほとんどなく、酒も嗜む程度だ。パティのことを言えないくらいに世間知らずだった。


 しかしその様子をパティに見せることなく、ロゼスは平然とした足取りでカジノの中に入って行った。

 その際、ボーイに武器は持ち込めないと言われ、槍は預けることとなった。

 ジダン街は、田舎の多いメイクール国の中では比較的発展した街だ。

 街のほとんどを酒場や店などが占め、街の者よりも余所からきた旅人や遊び人の方が多い。ここはメイクール国の数少ない観光収入源だった。


 カジノの中に入ると、二人はエリオットをすぐに見つけることができた。

 ルーレットの周囲に人だかりができていて、その中央に偉そうに座っていた。


「エリオット。今度はずいぶん羽振りがいいな。しかも珍しくついてるじゃねえか」

 遊び仲間らしき男がエリオットの横から軽口を叩く。

 エリオットはにやりと笑い、

「それもこれも、オレの頭の良さと運の良さの賜物さ」

 エリオットは先ほどの馬鹿な男と世間知らずの娘を思い返し、再び笑った。

 

 パティは大口を開けて笑うエリオットを見て、驚きの中にいた。先ほどの謙虚な彼はどこへ行ってしまったのか。

 パティがあっけにとられている間に、ロゼスはすたすたとエリオットの傍まで進み、恐ろしい形相で睨みつけながら、

「おい」

 と背後から声をかけた。


 エリオットはロゼスを見ても驚いた様子もなく、面倒臭そうに、

「ああ、お前か」

 とだけ言い、再びルーレットの方を向いた。


「こ、の……!」

 ロゼスは怒りに任せてエリオットを殴ろうと、服を掴んで胸ぐらを引き寄せた。

 エリオットはそんなロゼスを馬鹿にしたように眺めると、

「殴りたきゃ殴れよ」

 と平然と言った。周囲がざわついた。


「何事かしら?」

「またエリオットが何かしたんだろ」

 エリオットはカジノの常連だ。

 彼のいい加減さと詐欺まがいの行いをしていることは周知の事実である。


「まあまあ、落ち着けよ、お兄ちゃん」


 人垣を掻き分け、ロゼスの横から肩をぽんぽんと叩いたのは、ロゼスと同じくらい長身で、細身だがよく鍛えた筋肉質な体格をした、頬に傷のある男だった。


 ロゼスは男の手を振り払おうとしたが、今にも殴りかかりそうなロゼスの手首を男は掴むと、その手をゆっくりと背後に回した。凄い力で、ロゼスは振りほどくことができない。


(この男……!) 


 只者ではない、とロゼスは思った。

 兵士としての実力を自負する自分の腕を押さえるなど、誰にでもできることではない。


 ―ただのチンピラじゃない。

 

 男は深緑の瞳と髪の毛をしており、無造作にのびた髪を後ろに束ねている。

 少しよれたシャツに襟付きのベストを重ね、ジーンズを履いていた。腕にはバングル、片耳に銀のピアスをしていた。


「そう怒んなって。ケンカなんざこんなところでするもんじゃねえぜ。カジノでのケンカはご法度。捕まって牢屋に入りたかねえだろ」

 ロゼスの鋭い目つきを和ませようとするかのように、男は朗らかに言った。

 

 ロゼスは我に返り、周囲を見回し、舌打ちをすると、エリオットから手を放した。 すると男も同じようにロゼスから手を放した。


「お兄ちゃん、知らない訳じゃねえだろ。どんな理由があってもここで暴力沙汰を起こせばすぐ捕まるぜ」


 男は穏やかな口調だが、深い緑色の眼の奥には鋭い獣のような光が宿っていた。

 戦場を生き抜いた兵士のように命の保証のない場所に身を投じてきた者の持つ、隙のない眼だった。


 エリオットは残念そうに、埃を落とすように服を払った。再びロゼスに怒りが湧き起こるが、今度は怒りを収めた。

 自分が騒ぎを起こせば、メイクールの歩兵部隊隊長としての気質が問われ、旅どころではなくなるだろう。


「あっちで少し話さねえか? 力になれるかもしれないぜ」


 男はくいと顎をカジノの外に向けた。ロゼスとパティは顔を見合わせた。

 あまり信用できそうな見た目ではないが、ロゼスは、逆に、この男は信用できると素直に思えた。

 男は獣のような鋭い眼をしていたが、その瞳には真っ直ぐな光が宿っていた。


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