許し、マディウス王との謁見 後半
「王にあなたのことをお話しました。マディウス王はあなたに会いたがっておられます」
「この国の王が、わたしに?」
「――ええ、王子と共に旅するに値するか確かめたいのですよ。さっそくお連れいたしましょう」
そう言ってカイルはパティの背をそっと押し、巫女に会釈をした。
イーシェアは頷き、パティを呼び止めた。
「パティ、あなたの身に加護がありますように、祈っています」
イーシェアの声は柔らかく澄んでいた。
イーシェアともう別れるのかと思うと、パティは途端に残念な気持ちになった。
「イーシェア様、あなたのお心遣いや優しさをわたしは忘れません。わたし、きっとまたここへ戻って来ます」
「ええ、きっと、あなたはもう一度、この国を訪れることでしょうね。パティ、あなたはこの旅で自分という者を知ることになります。様々な困難が降りかかるかもしれません。けれど、どうか、自分を信じて進んでください。あなたにはその困難に立ち向かう力があるのですから」
イーシェアの言葉は深くパティの胸に沁み込んでいった。いつかこの言葉を思い出す日が来るのだろうか。
「それは、神からの言伝なのですか?」
「いいえ。あなたのその瞳――」
巫女はパティの七色に煌めく瞳をじっと見つめた。
「その瞳の輝きを見れば、分かります」
その言葉を最後に、パティはカイルと共に教会を後にした。
跳ね梯子が降ろされ、パティはカイルと城への門を通った。傍を通った兵士や召使いは、皆カイルに尊敬と憧れを込めた挨拶を交わしていった。
王のいる玉座の間へ着くには少々時間がかかった。さほど大きく見えない城だが、幾つもの通路を抜け、階段を上がって辿り着く。
玉座には、紺色の服を纏い、長い赤茶のマントを羽織った、王冠を被った尊厳のある顔立ちの男が腰掛けていた。
マディウスはどこか厳しさを秘めた深い瞳をしていた。アルと同じ蜂蜜色だが、彼の眼はアルとは違い、切れ長だった。
「
マディウスは威厳のある口調で言った。
パティはドレスの裾を少し持ち上げ、軽く礼をした。
「はい、パティと申します。どうしてあなたはわたしに会いたいと思ったのですか?」
真っ直ぐに目を見て話すパティは、王へ接する態度とは思えなかった。
パティはいつもそうだった。たとえ神の御前であっても、真っすぐに眼を見て話す癖があった。
神を無論、尊敬し敬っていたが、パティにとっては特別な存在ではなかった。
一国の王とて、パティには人間の内の一人でしかない。
「息子に会いたいという天使を見たかったのだ。其方をカイルはアルタイアにどうしても会わせたがっている。それで私も、会ってみたくなったのだ」
「つまり、物珍しかったのですね」
躊躇なくいうパティに、マディウスは面食らった。
これには、近くに控えていたカイルも心臓が打った。しかしマディウスは声を上げて笑い出した。
「なるほど、面白い娘だ。アルタイアは其方に会ったらどう思うのだろうな」
「わたし、アルに会っても良いのですか?」
マディウスが頷くと、パティはほっとした。
「……ところで、パティ、其方は知っているか分からぬが、この世界には危険なことも多々ある。アルタイアに会わせる前に危険が及ばぬよう、また案内人として、一人の兵士を付き人として共に旅に行かせよう」
王はそう言い、手を挙げた。
すると奥に控えていた一人の兵士が進み出た。
銀色の髪とグレイ色の瞳をした、若い兵士だ。
「ロゼス、さあ、こちらへ」
ロゼスと呼ばれた兵士は、王の御前に進み出ると片膝をついた。
「ロゼスはまだ年若いが、腕が立ち、歩兵部隊隊長を勤める優秀な兵士だ。この者は必ずやパティ殿をお守りするでしょう」
そう言ったのはカイルだった。
「ロゼス、パティ殿に挨拶を」
ロゼスは立ち上がり、パティの前に立った。
ロゼスの表情は硬かった。硬いというよりは、ぶすっとしている。
「ロゼス・ラジャエルです。あなたを王子の元へとお連れします」
礼をしたロゼスだったが、顔は憮然としていた。
「わたし、パティと言います。ロゼス、よろしくお願いします」
手を差し出したパティに、彼はその手を取ることはなかった。
「では俺は旅の準備をして来ます」
と言い、さっさとその場から立ち去ってしまった。パティは差し出した手を引っ込めるしかなかった。
「カイル、わたし、何か悪いことをしたのでしょうか?」
カイルはいいえ、と首を振る。
「パティ殿のせいではありませんよ。ロゼスは元からああなのです。お気になさらずに」
戸惑うパティに、しかしカイルはなぜか、少し笑みを零していた。
「ロゼスの準備はすぐに整います。パティ殿にも旅の準備をしていただこう。さあ、あちらへ」
すると今度はパティの前に女性の召使いが来て、礼をした。
「では、ここでお別れです、パティ殿。準備が整い次第、王子の元へ向かってください。――お気をつけて」
「パティ、アルタイアに無事に会えることを願っている。無論、そうなるだろうが」
カイルとマディウスは言い、パティは最後にまた礼をした。
「マディウス王、それにカイル。色々とお世話になりました。またお会いしましょう」
パティは召使いに連れられて玉座の間を後にした。
ロゼスとの旅の不安よりもアルに会える嬉しさの方がずっと勝り、パティの瞳は輝いていた。
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