夢の中の出会い 後半
パティは夢を視ていた。
淡く優しい光の中、羽毛のような柔らかな温かいものにくるまれ、地上へと向かいながら。
何か、大きな存在を感じる。
そのものの姿はわからない。
けれどそのものは強く気高い存在なのだとパティは理由もなく知っていた。
≪パティ。お前は地上へとゆくのか。やはりそこがお前の生きる世界なのか≫
(あなたはだれ? バグーラさま? それとも、風の神シーナさま?)
夢の中でパティは、自分に語りかけるものに話しかける。声を発さずとも、そのものには伝わることもパティには自然と解った。
≪それがお前の望みなのだな。ならばもう何も言うまい。私はただ、見守るだけ。お前の望むように生きるがいい≫
(どこにいるのですか? あなたの姿が私には見えないのです。……どこに?)
しかしその声はもう消えてしまって、何も答えない。
パティはまた、深い眠りに落ちていった。
アルは馬車を走らせていた。
メイクールを朝から出発し、すでに陽が真上にまで昇っていた。
北国に位置するメイクールは正午でも気温が暑くなることはない。むしろ、頬を当たる風は冷たく、凍えそうだ。
メイクール国から他大陸に渡るために港へ出るには、幾つかの街や村を通らなくてはならない。
始めに通る街、スラナ村へ行くにはまだ距離がある。
陽が落ちれば魔物が出ることもある。兵士に守られている城や王都と違い、道で魔物や魔族と遭遇することは珍しいことではない。
陽が落ちる前にはスラナ村へ到着したいと思い、馬車を走らせるアルの手に、自然と力が入った。しかし、愛馬たちの足が急速に落ち始めたことに気づき、アルは休憩を取ることにした。
馬たちは仲良く道草をはみ始める。
その姿に、アルはカイルと過ごした日々を思い出していた。
よく、カイルと森に狩猟に出かけた。
その時、アルと同じ年の少年も狩りを共にした。
この馬たちはカイルから譲り受けたが、元はカイルのものではなかった。カイルとよく似た青い瞳の少年のものだった。
幼いながらも狩りと剣の腕は大人にもひけをとらなかった。生きていれば、アルと同い歳になっていたはずだ。
――生きていれば。
目を閉じたアルの瞳の奥に、不意に恐ろしい光景が蘇った。
小さく幼い体から大量の血が噴き出し、辺りは赤い水溜りのようだった。しかしその幼い体に頭部はついておらず、足元に目を向けると、胴体をなくした頭部が転がっていた。
その時アルは叫び声をあげることもできず、ただ立ち尽くしていた。
(ネイト……!)
アルは立ち上がり眼を開いた。
風の音が強く唸る。
太陽の低い陽の輝きに紛れ、光が落ちてくる。
アルの頭上に輝く光-、それが少女だと気づいたときにはもう、ぶつかっていた。
ドン!!
アルは光に包まれた少女とぶつかり、後方に飛ばされた。
飛ばされながらも体制を整え、胸に飛び込んできた少女を反射的に支えた。
腕にあたる背中の感触がふわりとした羽毛のようだと思った時、羽根が少女の背中から数枚、舞い散った。
(天使、か……?)
既に光りを失った少女は眠っているのか、それとも気絶でもしているのか、眼を閉じている。
少女の、ブルートパーズ色をした短めの髪がふわりと風に揺れた。
アルは疑う余地などなく、この少女が天使なのだと解った。彼女はクリーム色の袖のないドレスを纏い、足元には白いヒールを履いていた。どれもこれも無白色で、身につけているものには色というものがない。
この小さな少女の膚も、真っ白な雪のようで、何だか幻のようだった。
唯一色のついたものと言えば、腕に嵌めた、石のついたブレスレットくらいのものだ。
顔立ちは驚くほど整っているが、子供のような無垢な表情があどけなさを持たせ、和らげていた。
アルは驚きの中にいた。
伝説や物語でしか聞いたことのない天使が突然に空から降ってきたのだ。
そして今、不思議なことにアルの腕の中で眠っている。
アルはどうしたものかと思いつつ、とりあえず彼女を馬車に乗せ、毛布をかけた。
その時、パティは再び、夢を視ていた。
優しく穏やかな人間が自分に微笑みかける夢を。
その蜂蜜色の髪と瞳をした少年は、パティにそっと手を差し出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます