106 尋問 後半
アルたちは、闘技場の客席の最も上位の階――、屋上にいた。
そこは闘技場内で使われない場所だった。
そこから試合を見ようとしても、高すぎて見えないので、使用しないこととなったのだ。
塀はなく、吹き曝しの状態だった。
立ち入り禁止となっており、周囲に人気はなかった。
「ネイサン王子、あなたは何かご存じですね? 僕の連れの天使がどこかへ消えたままでいる、その理由を」
「何のことだ?」
アルが鋭い口調で切り込んだので、ネイサンは苛々と言った。
「しらばっくれるなよ。ネタは上がっているぞ。お前、王都で行方不明になった娘の捜索を買って出たそうだが、何もしないで捜索を打ち切っているな」
続いてダンが言った。
「それは、娘から手紙が届いたからだろう。彼女たちはどこかで生きて暮らしていると知ったからだ。それとこれと何の関わりがあるというんだ?」
「あるに決まっている。若い娘ばかりが行方不明になっているんだ。パティもそうだ、同じ奴に捕まったって考えるのが普通だろ? その手紙だがな、一人じゃなく、同じような手紙が別の娘からも届けば、普通、おかしいって分かる筈だよな?」
ダンはネイサンに近づき、シャツの襟を掴んで引き寄せ、その鋭い眼で凄みをきかせた。
「娘の家族がそう言ったのか?」
「ああ、そうだ。脅されたそうだぜ。てめえの命令で、これ以上騒げば罪に問われるとな。どう説明する?」
「何か証拠かあるのか?」
ネイサンが言うと、まただ、とダンは思った。
――どいつもこいつも、少しくらい頭が回る、地位のある奴は証拠、証拠と言い出し、その罪を逃れようとする。
「証拠なんていらねえよ。とっとと知っていることを話せ。ぶちのめされたくなかったらな」
ダンはその深緑色の瞳に危険な光を灯し、低い声で鋭く言った。
「ダン、よすんだ。君に手荒な真似はさせないと約束した」
アルはダンとネイサンの間に割って入り、二人を引き離す。
「何で止めるんだ、アル? こいつの口を割らなきゃ、パティの行方は分からないんだぞ」
「わかっている。……だから、僕が何とかする」
アルはネイサンの目の前に立つと、腰に差した剣を抜き、ネイサンの胸にあてた。
「お前、どうかしているんじゃないのか?……地位を失うぞ」
「あなたが今話すのは、そんなことじゃない。パティがどこへ連れ去られたのか、すぐに答えるんだ」
アルは、怒りに燃えた、憎悪にも似た激しい感情を押さえていた。
ダンはあまり感情の表わさないアルが、初めて本気で怒っていると知った。
「何だ、急に態度を変えて。僕には関わりのないことだ。早く剣を下ろせ! このことは後ほど問題にするからな!」
アルは剣を下ろしたが、代わりに、ネイサンの腕をぐっと強く掴んだ。
「何をするんだ、手を離せ!」
アルは何も言わず、そのままネイサンを引き摺るようにして、無理やり、屋上の端まで連れて行く。
ネイサンはごくりと唾を飲んだ。
ネイサンはアルの手を離そうともがくが、少年の力は思うよりも強く、どうやっても引き離せなかった。
ネイサンを端まで引き摺ったアルは、腕を掴んでいた手を離すと同時に、再び剣の切っ先を向けた。
「ネイサン王子、僕の最後の頼みだ。パティの行方を言うんだ」
アルの瞳には迷いがなかった。
「おい、アル、よせよ、お前がそんなこと――」
ダンはアルの肩に手を置いた。
あの穏やかで優しいアルがこんなことをするとは、誰が想像するだろうか。
目の前にいるダンですら、アルのその行動が信じられなかった。
「まさか、本気じゃないだろう? 僕を殺すなんて、できる筈ない……」
ネイサンの声は震えていた。
「僕にも、自分の行動が信じられないよ。だが、どうしても助けたいんだ、パティを。彼女を傷つける者は許さない。もし、今、あなたが何も話さなかったら、あなたを殺す」
「馬鹿な!……たかが小娘のために、何もかも捨てるっていうのか? メイクールとリリアが戦争になってもいいのか!?」
ネイサンの叫び声に、アルは、ふっ、と口元だけで笑んだ。
「あなたがいなくなった後のことを心配して何になる? 死んだ後のことを心配するより、自分の身を案じた方がいい。今ここで死ぬか、知っていることを話すか、どちらにする?」
アルは、今まで誰にも向けたことのない、冷酷な笑みを張り付けていた。
アルはぐっと剣をネイサンに押し付け、更に端まで追い詰めた。
もう後一歩進めば、ネイサンは遥か下方へ真っ逆さまだ。
「話す、話すよ! だから、剣をしまえ! 殺さないで、くれ……」
ネイサンはがくがくと震え、懇願した。
アルが剣をしまうと、ネイサンのその目には涙が滲み、悔しさに顔を歪ませていた。
「あの天使は……、ここから北の地の山奥、〝捨てられた村〟の屋敷だ!」
リリアに点在している山にある村の幾つかは、人口が減り、若い者は都会に移り住み、滅んでいた。
それらの村は〝捨てられた村〟と呼ばれ、家や屋敷はそのまま残っているが、人は住んでいない。
「誰が、そんなところへパティを連れて行ったんだ?」
今度はダンが、膝を折って地面を見つめるネイサンに詰め寄った。
「……王都の遊び場で出会った男だ。名はヤーゴン・セレステ。この暑い中、いつもフードを目深に被っている変わった男だ」
フードを被っている男とアルは聞き、リリア国についてすぐ、店先でパティをじっと見つめていた男のことを思い出した。
(あの男か――)
アルは、拳を握った。
ヤーゴンは、パティを狙い、後を付けていたのだ。彼女を攫う機会を窺っていたのかと知り、アルは、パティを護ってやれなかった自分に怒りが込み上げた。
「あいつは異常者だ! 天使に執着して、これまで何度も普通の娘を攫っていた。……俺は、カードゲームで大損して、そのことをばらすと脅されて、それで仕方なく、一度手を貸した。それからはずっと、あいつの言いなりだ……あいつは、攫った娘に羽を縫い付けたりして……、しまいには殺していた」
ネイサンは、ヤーゴンの異常な行動を思い出し、両手で耳を覆い、その体を震わせた。
ダンもアルも、ネイサンの告白に怒りが突き上げ、次いで、蒼白になった。
「てめえ、王子であることを良いことに、脅されたくらいでそいつの罪を隠したばかりか、手も貸していたのか? この、人でなしが!」
ダンはネイサンを立たせ、その横っ面に強烈な拳をお見舞いした。
ネイサンは気が遠くなるほどの痛みを頬に感じ、立ち上がれなかった。
「お前は手荒な真似はしないと約束しただろう!」
ネイサンはぱんぱんに腫れた頬で叫んだが、ダンは、うるせえ、と一喝すると、ネイサンはびくっと体を震わせて黙り込んだ。
「アル、すぐにパティのところに向かうぞ!」
とりあえず、ネイサンのことは放っておくしかないので、そのままにし、ダンはアルに向き直った。
アルは放心状態で、ダンの声が聞こえていないかのようだった。
「おい、アル……? 大丈夫か?」
「あ、ああ。大丈夫だ。分かっている、すぐに行こう」
アルは、今もパティがヤーゴンと一緒にいるかと思うと、彼女が心配のあまり、気がどうにかなりそうだった。
二人は、正しく風のような速さで、その場を後にした。
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