107 第四試合
アルの顔色は蒼白で、パティを案ずるあまり、どうしようもない不安に襲われていた。
しかしアルにはやらなければならないことがあった。
アルはマクーバ王たちの元へと急いで戻り、
「王、すぐに、足の速い馬を貸してください」
と、何の前触れもなく言った。
「王子、一体どうしたというのだ、先ほどから」
「ネイサン王子は、いなくなったパティの行方を知っていました。パティを誘い出したのは、ネイサン王子です。彼はこの国で消えたままとなっている娘たちの失踪事件にも関わりを持っています」
「なんじゃと……!」
マクーバは、突然のアルの告白に自体が飲み込めずにいた。
アルが言ったことは、マクーバには信じ難かった。
「まさかそんな――」
「マクーバ王、僕はこれからパティの元へ向かいます。彼女はヤーゴンという男に連れて行かれたのです。場所は、ここから北の地の山奥にあった村の跡地の屋敷です」
マクーバは黙り込み、わなわなと体を震わせていた。
アルは馬のことを訊きたがったが、今は無理だと思い、そのまま扉を出ようとした。
「アルタイア王子、わたくしの馬を使いなさい。足が速く、山道にも慣れています。闘技場の裏手に停めてあります」
マゴットは、慌てて出て行こうとするアルの背中に向かって言った。
「王妃様、感謝いたします」
アルは頭を下げ、再び出て行った。
「まさか……、ネイサンが? そんな筈――」
アルが出て行った後の貴賓室で、膝を折り、マクーバは震える声で言った。
ティモスもその場にいたが、一言も声を発することができずにいた。
「王、すぐに、兵を出動させるのです。アルタイア王子の言った場所に――」
マゴットは扇をパチンと閉め、悲しみを湛えた視線を床に落とした。
「第四試合、カクタ・スミフ対、ツバキ・ガーディア!」
カクタは重々しい剣と盾を装備した戦士で、その名はリリア国に広く知られていた。
彼はこの異種試合の前回の優勝者であり、筋肉質で長身の三十過ぎの男だった。
カクタがアレーナに現れると、客たちは一段と大きな声援を送った。
その試合の後はネオとクルミの出番なので、二人はすぐに出られるように準備を整え、見るともなしに、試合を観戦することにした。
「あれ……?」
クルミはあることに、今更、気付いた。
予選ではダンが子分たちと見やすい場所で試合を観戦していたが、闘技場の一階席には彼の姿も、彼の連れの子分もいなかった。
「ダン、どこに行ったのかな?」
「試合に飽きたのではないですか?」
ネオは、冷たい男だ、という思いを含んで言ったが、クルミは何だか腑に落ちなかった。
そう言えば、先ほどから城の衛兵の数名がバタバタと闘技場外へ駆け出して行くのを見かけたが、何かあったのだろうか。
しかし重大な出来事――、例えば魔族が入り込んだ、とかなら、異種試合は中断されるだろう。
試合は続行されているので、クルミは、気にするのは止めようと思った。
闘技場のアレーナでは、カクタが剣を構え、ツバキは格闘の構えを取り、始め、という審判の声で二人はじりじりと距離を詰めた。
「お前、素手でやる気か? 素手で私が倒せるとは思えんな」
「みんなそういうんだよ、おっさん。けど、最後には必ずオレが勝つ」
ツバキは自信満々に言い、カクタはおっさんと言われたことでかちんときていた。
「この、ガキ!」
カクタは距離を詰め、剣をぶんと振った。
ツバキは軽くジャンプし、後方に宙返りして避けた。
ツバキはすぐに格闘の構えを取り、カクタの顔目掛けて拳を繰り出す。
カクタは盾で拳を防ぐと、ガツッ、と乾いた音が響いた。
「手は大丈夫か? 盾じゃ、相当痛いだろう」
「なめんなよ、おっさん。手加減したんだよ」
ツバキはカクタを睨み、左腕を前に伸ばし、右手は腰の位置で固定し、足を肩幅に開いて呼吸を整えた。
「でやっ!」
再び拳を繰り出したツバキは、カクタの構えた盾を砕き割った。
「な……!」
試合を見ていたクルミは、思わず声を上げた。
(あの盾は鋼鉄製……、手袋を嵌めただけの拳で割るなんて――)
クルミは唾を飲んだ。
カクタは割れた盾をその場に捨て、再び剣で攻撃を仕掛ける。
カクタの動きは早く、ツバキはその攻撃を避けるだけで精一杯に見えた。
しかし時間が経つにつれ、カクタはぜいぜいと肩で息を始める。
それに比べ、ツバキはまたも息を乱していない。
カクタの攻撃を避け続けるツバキの動きは、ネオの舞いのように洗練され、しかしネオより力強く、素早かった。
少しすると、ツバキはカクタと距離を取り、右腕を前に突き出し、指を少し折り曲げ、左腕は拳を握って脇で固定し、片足を後方へ引いた。
「面倒くせーから、もう終わらせるぞ。おっさんじゃ、やっぱりオレの相手にはならねーよ」
「なんだと、小僧?」
カクタは怒り顔で剣を上段に構えたが、ツバキは何の威圧も感じていなかった。
「安心しろよ。石の力は使わねーから、それなら、おっさんにも耐えられるだろ」
ツバキは、その緋色の瞳に、危険な光を灯していた。
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