105 尋問 前半

 パティはヤーゴンの手を逃れようと、屋敷の中を走り、窓を開けようと、また出口がどこかにないかと探していた。

 だが窓はどれも硬くて開かず、外に繋がる扉も見たらなかった。

 窓を割るための道具等も一つもない。

 パティは涙を滲ませながら、足音が聞こえる度に震えが込み上げたが、何とか、足を先に進ませた。


 するとまた、開かない大きな扉があった。

 焦って鍵のかかった扉のノブをガチャガチャと回すが、開く筈もなく、再び足音が響いてきたので、パティは慌ててその場を離れた。


 周囲をきょろきょろと見回し、彼女は、一番大きな部屋――、と思われる大きな扉を開き、その中へと足を踏み入れた。

 屋敷全体が暗く不気味な雰囲気はあったが、その部屋はなぜだが踏み入れた瞬間から、悪寒が走った。


 その部屋はやはり他の部屋よりもずっと広く、元々はゲストのためのラウンジだったのか、ピアノがあり、ソファや大きなテーブルがあり、寛げる一室となっていた。物が多いので、身を隠すには丁度良かった。


 パティは、屈んでテーブルの下へと潜った。

 屋敷から出られないので、パティはそこで身を隠すことにした。


(助けて……、アル……)

 

 パティは縮こまって、指を絡ませて祈っていたが、彼女が祈りを捧げている者は神ではなく、アルだった。

 


「何だ貴様は?」

 貴賓室を訪れた、深緑色の鋭い目の男に、その部屋の見張りとして立っていた兵士は厳しく言った。


「アルタイア王子を出してくれ」

「アルタイア様は大事な客人だ。貴様のような奴の前に出せる訳がないだろう。さっさと一般席に戻れ!」

 ダンはむっとした。

 むっとしたが、そう言われることは分かり切っていた。

「そう硬いこというなよ。大事な用なんだ」

「さっさと帰れ! 牢にぶち込まれたいか?!」

「急いでるんだ、悪いな」

 ダンは衛兵の腕を掴み、その腕を後ろに回して抑え込み、何をする!、と騒ぐ男の腹に一発食らわせた。

 衛兵はうう、と呻き、その場に崩れ落ちた。


 部屋の中に侵入したダンを、中にいた別の衛兵がその剣を向けた。

「何だお前は!」

 貴賓室で声を荒げる兵士に気付き、皆がダンに注目した。

「その者を捕らえろ!」

 次に叫んだのはマクーバ王だった。

 すると部屋に控えていた三名の衛兵がダンを取り囲んだ。


「待ってください、マクーバ王! 彼は、僕の友人です、僕に用があるだけです!」


 叫んだアルに、マクーバは眉を潜めた。

 

 ダンは何も言わなかった。

 さっきはアルを呼び出そうとしたが、アルを巻き込むのはもう止めた方が良いだろうとダンは考えていた。

 自分と関わりがあると知られるのは、アルの不利になるからだ。

 こうなった以上、アルの力は借りず、自分で何とかするしかない――。


「何のことだ? 俺はただ、ネイサン王子に用があるだけだ。どっちだ?」

 ダンはアルの言葉を無視し、ネイサンとティモスの二人を交互に見た。

 アルはダンの言葉で、パティがいなくなったこととネイサンが関わっているのだと分かった。


「僕はそんな奴知らない。抓み出せ」

 ネイサンは、虫けらでも見るようにダンを見た。

「ああ、やっぱりそっちか」 

 とダンは言い、ネイサンに足早に歩み寄った。

「早く、捕らえろ!」

 ネイサンが叫び、三名の兵士がじりじりとダンににじり寄る。


「マクーバ王、どうか、穏便に! 僕と彼に、ネイサン王子と少し話しをさせていただきたい!」

 アルはダンの前に駆け寄ると、再び叫んだ。

「何をいうんだ、アルタイア」

 マクーバはダンを庇うように立ったアルに不信感を露わにし、眉を潜めた。 


「おい、お前は黙って――」

「ダン、君が僕のために関わりのない振りをしているのは分かっている」


 アルはダンの前に立ち、背を向けたまま落ち着いて言った。


「君は大切な仲間だし、信頼している。それを否定したくはない」

 ダンは、アルのきっぱりとした物言いに意表をつかれ、同時に尊敬すらした。


 アルはそのまま、つかつかとネイサンのすぐ前に歩み寄った。

「ネイサン王子、少し話しをさせてください。ここでは話し難いでしょうから、一緒に、人気のない場所へ来ていただけますか?」

「何だと? 失礼な奴だな。僕は話などしない! こんなチンピラみたいな奴と知り会いなどとは、アルタイア、君は王族としての自覚が足りないんじゃないか? これ以上分からないことを言えば、問題にするぞ」


「そうじゃ、アルタイア、少し落ち着け。なぜネイサンと話す必要があるのだ? 話したいことがあるならここで話せば良いであろう?」

「この場では訊ね難いことです。マクーバ王、失礼は承知しております。僕の行動なら、後ほど問題にしていただいて構いません」


 マクーバは、どう対応して良いか迷っていた。

 アルの言葉も蜂蜜色の瞳も、真摯な光と覚悟が見て取れた。


「――王、良いではありませんか。アルタイア王子の言う通り、ネイサンと話しをさせてやってください」

 そう口をきいたのはマゴット王妃だった。


「お前まで、何を……」

「ただ話をするだけですよ。そう目くじらを立てる必要はないでしょう」

 マゴット王妃は至極落ち着いた話し方で、王を諭すようだった。


「アルタイア王子が頼み事をされているのです。彼のお人柄はあなたもよく知っていますよね?」

「しかし、王妃、この男も一緒なのだぞ?」

 マクーバは、その目つきとがらの悪そうな長身の男を一目、ちらと見た。

「アルタイア王子が一緒なのです。無茶なことはしないでしょう。そうですね?」


 アルは頷いた。

「ええ、約束します。ダンに手荒な真似はさせません」

ダンは納得がいかなかったが、そう促され、ち、と舌打ちし、頷いた。


「ネイサンもいいですね? アルタイア王子について行きなさい」

「――はい」

 ネイサンは納得などしていなかったが、母には逆らえないので、渋々返事をした。

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