89 ライザの助言

 バタバタと人が出入りしていたグリーンビュー国城内だが、傷ついた人々の手当てや遺体の埋葬を終え、怪我人も城内に移され、庭園は静かな時を迎えていた。


 ライザは、夕刻近くになった芝生に一人寝転び、空を見上げていた。

 その少年の体から立ち上る炎はなく、熱も感じない。そうしていると、どこにでもいるような少年だなと、クルミは少し離れた場所から彼を見て思った。


「えっと、ライザ、様、ですよね? 感謝、しています。助けてくれたこと……」


 クルミはライザに近寄り、寝転んだ彼を上から覗き込んで言った。神に対して上から覗く、という体勢は失礼ではないか、と思ったが、寝ているかどうか確認したかったので、仕方ないと言えよう。


 少年神ライザはむくっと起き上がり、石を持つ者である娘と、少し離れた場所に立つ男二人を見た。男は同じく、石を持つ者であるネオと、もう一人はただの人間だが只者でない強さを持つ、ダンという男だ。


「あの、もし良ければ少し話がしたいんですけど――」


「丁度いい。オレもお前らに話そうと思っていたことがある。それと、石を持つ女、お前、普段話すように話せ。何だか煩わしく鬱陶しい」

 ライザは、ぎこちないクルミの話し方に違和感を覚え、眉を寄せた。


「そう、ですか?……じゃあ、いつも通りに。まず訊きたいのは、何で神様があたしたちを助けてくれたのかってこと」

 クルミは、普段敬語などほぼ使うことがないので、ライザの申し出は有難かった。


「魔族が動き出しているのは気付いているな?」

 ライザは一同を見回した。

 クルミはネオやダンの顔を見て、頷き合った。

 ダンとクルミは各国を旅し、国それぞれの情報は常に仕入れている。ネオも今回の旅で身をもって魔族の動きのことは分かっていた。


「奴らは王国を滅ぼし力を削いでから地上の人間たちを一掃する気だろう。オレとしてはそれは避けたいから、今回は力を貸したまでだ」

「やっぱり、魔族は地上を狙っているのか。だが何で、急に――」

 次に口を開いたのはダンだった。


「急じゃない。魔族はもう長い間、地上を狙っていた。三大魔族の争いにより魔世界は荒廃しているんだ。そこで、奴らは数百年前から地上を手にしようと目論んでいた」


「それじゃあ、何で今まで地上は無事だったの?」

「お前ら、何も知らねえんだな。少しは人間の脅威である魔族を自分で調べてみろ」

 ライザは腕を組み、呆れた顔をした。


「三大魔族の内の最も多大な力を持つ、魔世界の王、ブラックスビネルが地上を乗っ取ることを禁止していたんだ」

「ブラックスビネル……、闇色の瞳の王ですか」

 ネオはカストラ国でロミオに聞いたことを思い出し

た。


「ネオ、知ってるの?」

「いえ、北大陸で会った歴史学者から聞いただけですよ。闇色の瞳の王は魔世界を牛耳り、他の二つの勢力はそれに従い、大人しくしていた。その方の見解では、二つの勢力は闇色の瞳の勢力を落とすために協力しているとか」

「そうか、それで二つの勢力が動き出したから、今王国は狙われているんだね。でもそうすると、ブラックスビネルは魔の王の中では人間にとって都合の良い王だったってことなんだ」

 クルミは片手を顎に置き、考えながら言った。


 ブラックスビネルに関しては、ライザもそれほど知っている訳ではない。

 その魔世界の王は間違いなくライザや他の神々の力を上回っている。まともに戦えば勝てる見込みはない。しかし幸いなことに、魔の王は天の神に戦いを挑む者ではなかった。


 多大な力を持ちながら争いを避け、地上も天世界にも興味を示さなかった魔の王、ブラックスビネル。しかしその者が王の座から引き摺り落とされ、別のものが魔の王に君臨すれば、地上に住む人間はすぐさま不幸な道を辿ることになるだろう。


「オレからの話だが、石を持つ者はそれぞれの真の持ち主である神具を探し出し、使いこなせ。それで今後の高位魔族との戦いも少しはマシになるだろうぜ」 

 ライザは立ち上がり、クルミたちから目を逸らし、後ろ向きになって言った。


「ちょっと待て。またあんな奴らと戦えっていうのか? 神様ならお前がやればいいだろ」

 ダンは文句を言った。ダンは石を持つ人間ではないが、地上の危機を放っておける性質ではない。


「てめえ、神である俺が人間を救うためにいちいち動けっていうのか? 今回力を貸してやっただけ有難く思え。自分たちの国は自分たちで護れ。それに、石を持つ者には相応の力を与えている」

 ライザはぎろっとダンたちを睨み、その威圧感に三人はたじろいだ。


「あんたたちが勝手に与えた力でしょ?」

「勝手に与えただと? てめえは何様だ? その力で命を長らえ、私欲のために無茶な戦いもできただろうが」

 クルミはぐっと押し黙った。

 ライザはクルミの言葉に怒り顔になり、クルミは炎の神の体はまた熱く滾るのではないかと心配になったが、それはなかった。 


 ライザはふんと鼻を鳴らした。

「今回現れた高位魔族はお前たちにとっては強いだろうが、オレの選んだ人間の末裔ならば倒せただろう。お前たちもそうなれる可能性がある」


 ライザは玉座の間に着くまでの間、人間たちの戦い振りを目にしていた。ダンとアルは石を持つ人間でもないのに石を持つ者と同等、いや、それ以上の力を発揮していた。

 神の力を得ていないただの人間でも同等の強さを得られるのだと知り、ライザは少し感心もした。


(だが今回オレが勝手に動いたことは他の神々は快く思わないだろうな。今までも気紛れに地上に降りていたオレを、太陽の神を筆頭に小言を言われてきた)


 これ以上勝手なことをすれば罰せられ兼ねない、とライザは難しい顔をする。


「え、ちょっと、待って。あんたは自分が選んだ人間とコンタクトを取ってるの?」

 言った後で、クルミは神のことをあんたと呼んだのは流石にまずいと思ったが、ライザは様子を変えることはなかった。


「今の世代の者が石を持つ者となってから二度会っただけだ。奴には今までの石を持つ者よりも才覚があったから、試練を受けさせ、オレがその強さを引き出した。そう遠くない内に、魔が動き出すと察していたからな」


「試練? 何のこと?……それと、他の神も、その、石を持つ者と話したりするの? 例えばあたしは自分を選んだ神と話したことも会ったこともないけど」

「他の神々が何を考えているのかはオレには分からねえ。人間の世界などなくなっても構わんと思っているかもな。天の神は魔族の動きを把握しているが、今回動いたのはオレだけだった」


 地上を放っておけば、時期に地上は魔のものとなり果てる。それなのになぜ他の神は静観しているだけなのか、とライザは他の神々を訝っていた。


 ――彼らは、神々の力を混合させた圧倒的な力を持つ、戦いの女神セシルを目覚めさせる気配もない。

 しかしセシルであっても、魔の頂点に立つブラックスビネルにはその力は及ばないかもしれない。


(……もう一つの切り札を使う気なのか? しかしそれは多くの犠牲を伴う)


 ライザは答えの出ない疑問に悩み、考えに耽る。 


「やはり直接聞くしかないか」


 ライザは舌打ちし、周囲の人間たちは彼の舌打ちの意味も解らなかったが、口を出して文句を言われるのも恐ろしいので黙っていた。



「ライザ様!」

 パティが少し離れた場所からパタパタと駆け寄って来た。

 ライザはブルートパーズ色の髪の天使に注目した。


「助けてくださって有難うございます。ライザ様のお陰で、わたしも、わたしの大切な方たちも無事でいられました」

 パティが明らかに柔らかな、幸福そうな笑顔だったので、ライザは少し面食らった。

「呼びかけてきた風の天使パティだな? お前のことは地の神バグーラに聞いていた。セルリアンもお前を案じていたぜ。オレはもう天に帰るが、一緒に戻るか?」


 セルリアンとは、変わり者と呼ばれるパティを何かを気遣ってくれた、天を護る役割を持つ守護天使の一人だ。守護天使は翼を持たない代わりに戦いに秀でている。


「セルリアン様が――」

 セルリアンはいつもパティの言動を叱り、天使の在り方を諭していた。その彼がパティを案じていたとは意外だった。パティは首を振った。


「ライザ様、わたしは天には戻りません。ここが気に入っているのです。それにわたし、傍にいたい方がいます」 

 それは勿論、アルのことだ。


 パティはアルを思い出すと心が温かくなり、自然に顔が綻ぶ。

 天使の優しい表情とその言葉にライザは驚いた顔をした。ライザもまた気付いたのだ。パティはその人間に恋をしている、と。


 ライザは神であるが、人形のような顔をしている女天使が好きではなかった。感情というものがほとんどなく、歌い踊り、やり過ごすだけの日々を送る彼女たちを見るのは退屈で嫌気が差すほどだった。そのためライザは他の神々のように歌い女天使を作ることはなかった。

 ライザは他の神々とは根本的な考えが違っていた。平和ではあるが、秩序に守られ、日々同じことを繰り返す天は窮屈な場所であり、自由を愛し好奇心の強い彼は、よく地上に降りていた。

 しかし、目の前にいるパティは他の女天使とは違った。この娘は己の意思で地上に降り、地上の人間に恋までしているのだ。それは驚くべきことだった。


「そうか。ならいい。オレは天に帰る。これ以上はみ出し者の神でいれば、ただじゃすまないからな」

 ライザはその時、笑んでいるように見えた。


 ライザの体を円形の光が包んでいき、その光にすっぽり包まれた彼はふわりと飛び上がった。

 そうして、次にはそれは閃光のような速さで、バシュ、と天に向かって飛び立っていった。


「あいつ、中途半端な助言しかしなかったな。本当に人間の力になろうと思っているのかよ」

「うん、まだ訊きたいことがあったのに――」


 ダンは炎の神をあいつ呼ばわりし、クルミは残念そうに、ライザの消えた空に呟いた。

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