88 アルとパティ
一行は、回廊から城の外へと移動をした。
残っていた魔物は逃げたようで、怪我をし、息のある兵士や召使いも彼らは連れて行った。
広い庭園に出ると、怪我をした者たちが集まり、魔物の脅威に怯え、魔物が逃げ出した後もまた現れるのではないかと身を寄せ合って縮こまっていた。
「魔族は葬られ、その脅威は去った! 残った魔物も逃げ出している。安心して、怪我人の手当てや街での救助活動に尽くしてくれ!」
アルは大きな声を出し、集まっていた者たちに聞こえるように周囲を見回して言った。
その場にいた者らは安堵の表情を見せ、互いに生きていたことを悦び抱き合った。
「アルタイア王子、ご無事で良かった。そうですか、魔族は葬ったのですね。本当に、有難うございます」
不安な顔をしていたアイビーは近くの召使いにオリオンを預け、セトラを連れ立ってアルに歩み寄った。
「いえ、王妃様。葬ったのは僕たちではなく、ある方ですが、詳しくは後にお話し致します」
「そうですか。けれどあなた方に救われたのは事実です。感謝しています」
「王妃様、その、ダイス王は――」
「先ほど、城を見回った兵士が王のご遺体を見つけました。やはり、ご逝去されておられました。……けれど今は落ち込んではいられません。怪我をした者を手当しなければなりませんから」
アイビーは涙すら浮かべず、己のすべきことをしなければという決意を持ち、前を向いていた。
「僕に何か手伝えることがあれば、遠慮なく言ってください」
「いえ、アルタイア様はお怪我をなさっています。どうぞ、休んでいてください。もう充分に助けられています。では、もう行きますね。わたくしは王妃としてやることがあります」
そういうと、アイビーは近くの従者や召使いに医者を連れてくるように命じた。また動ける者が動き、手当てをし、国の各地に散らばっている兵士も収集するように、と。
その後未亡人となってしまった美しい王妃アイビーは、怪我をして倒れている者に声をかけて回った。
「アル、無事で良かったわ」
セトラはアルとの再会に喜んでいたが、父を亡くした悲しみのために表情は硬かった。
「私もお母様のところへ行って手伝うわ。今は怪我をした人の手当てが先だもの」
セトラはアルの元にいれば泣いてしまいそうだったので、そう言い、母の元へと付いて行った。召使いのところで、看護の手伝いをし始める。
父を亡くしたことで、皮肉にもセトラには王女としての自覚が芽生えていた。
クルミ、ダン、ネオはそれぞれ体を休め、庭園に座り込んでいた。皆重症なので、当然だろう。ダンは手下たちと再会し、互いの腕を交差させて挨拶をした。
アルは少しして、近くにパティがいないことにようやく気付いた。
アルがアイビーたちと話し始めた頃、彼女はそっとその場を抜け、庭園の人気のない場所に来ていた。
城の敷地内では悲しみにくれる者も数多くいたが、生きていたことを喜び合う者たちもいた。
パティはそんなところで自分が鬱々と悩んでいることが恥ずかしく、しかしどうにもできず、少し一人にならなければ、と思った。
「パティ、ここにいたのか」
アルがその場に現れ、いつもと変わらない優しい口調にパティは感情が込み上げた。
「アル、どうして、メイリンにあんなことを言ったのですか?」
パティたちの場所からは見えないが、皆が世話しなく動き回る中で、彼女はつい、アルに向かって口走っていた。
「あんなこと?」
アルは予想していなかったことを言われ、首を傾げる。
パティの美しい七色の瞳には涙が溜まっていた。
アルには、まだパティの真意が理解できずにいた。なぜパティは涙を溜めて、悲しい顔をしているのか、まるで怒ったように詰め寄ってくるのか。
「命を捧げるなんて、どうして……!」
口にしたことで、再びアルがメイリンに告げた言葉が蘇り、パティの瞳からは涙が溢れた。
――僕は、この命をあなたに捧げる。僕の命を奪うなり、好きにするといい。
アルは、自分が言った言葉が呪いのように彼女を苦しめ、悲しみに暮れさせていることを、その時初めて知ったのだ。
「わたし、嫌です」
気が付くと、パティは嗚咽のように泣いていた。
パティは顔を手で覆い、しゃくりあげる。
「お願いです、アル。そんな、死んでもいいようなこと、二度と、言わないでください。マディウス王と、メイリンの家族に何が起きていたとしても……。わたし、アルがいなくなってしまったら、どうすればいいのか分かりません。いなくならないで、お願いです、アル……」
パティは顔を隠したまま、ひっく、ひっくと子供のように泣いていた。
アルはパティがいたたまれなくなった。
同時に胸が熱くなり、衝動的にパティを抱き締めていた。
(何をしているんだ、僕は……?)
「パティ、約束するよ。二度と、命を諦めるようなことを言わないと」
アルは真摯に言い、心からそう誓った。
パティはしかし、言葉よりもアルの行動に驚きで涙が止まっていた。
アルは自分の行動が理解できずにいた。
理解できないのに、その腕は強くパティを抱き締めている。
今、込み上げてくる感情がパティを思う愛しさだということはもう解っていた。
解ってはいたが、アルにはそれを受け入れることはできない。
(僕にはパティと共に生きる道はない。幸福にはなれない。なってはいけないんだ。それに彼女は……、天使なんだ。人と結ばれることはない。許される筈もない)
アルはパティを放すと、ごめん、とだけ言った。
パティは途端に寂しくなった。
アルにもっと抱き締めていて欲しかった。
アルの腕は優しく、その胸の中は、温かく、良い匂いがした。どきどきと自分の心臓が煩かったが、それでも、アルの腕の中以上に幸福な場所などパティには思いつかなかった――。
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