70 幸運な再会
高い天井に煌びやかなシャンデリアが輝く城のダンスホールで、ネオは見事な舞を披露していた。
王も王妃も、その舞に感嘆し、また周囲の者も固唾を飲んで見つめ、青年が舞い終えると、ホールには割れんばかりの拍手が沸き起こった。
ネオ・ロベート・ガラは、演目を終えると深く礼をし、ダイス王とアイビー王妃に挨拶をした。
「ネオ、見事な舞だ。ロベート・ガラ家の名声はこの大陸にも届いているぞ。アルタイアと共に旅をしていたとは驚いたが、素晴らしいものを見せてもらった」
「そう言っていただけて光栄にございます」
ネオが顔を上げた先にはダイスとアイビー、それにセトラと王家の者が揃い、客人としてアルタイアもその場にいた。
「ネオ、疲れただろう。少し休み、この催しを楽しむといい」
「ダイス王、お心遣い、感謝いたします」
ネオは今度は軽い礼をし、待ってましたとばかりにすっと下がっていき、王たちの目の届かないところまで行って、着飾った女性の方へ進んで行くのだった。
ネオが注目を集めた少し後、王家の者たちと話をしている一人の少年が少女たちの目を釘付けにしていた。
白を基調とした軍服に身を包んだアルはいつもよりも大人びて見え、整った顔立ちを際立たせていた。
「メイクール国の王子様よ」
「アルタイア様、素敵ね」
アルはまだ年若い王子だが、その場にいたドレスに身を包み、着飾った貴族の少女たちはうっとりと彼の姿を見つめていた。
少女たちはアルにダンスに誘われることを期待していたが、その腕にぴったりとくっついている自国の姫・セトラを認めると、諦めてただその姿を見ていることしかできなかった。
パティもアルの傍にいたかったが、他の少女たちと同じように見つめているしかできなかった。
セトラはアルをダンスに誘い、二人は踊りながら楽しそうに笑っていた。パティは複雑な思いでそれを少し離れたところで見ていた。
パティは踊れないのだ。
天世界でもあまり踊りの得意でなかったパティだが、一人で歌い舞うことが主流だった天世界では、男性と二人で踊るダンスなど元々知らないのだ。だから、ホールに一緒に来る時、アルにダンスに誘われて嬉しかったが、パティは俯いて首を振った。
昼間、ダイス王の話が区切られたところでアルはパティと合流した。
パティがアイビーと取り留めのない会話をしている時にアルは現れた。アルの顔を見ると、パティはほっとしたが、それも束の間だった。
アルはアイビー王妃に挨拶をすると、アイビーは思い立ったように、そうそう、と両手をぱん、と打ち、胸の前で合わせた。
「アルタイア様はこちらで用意されたお召し物を着ますよね?」
「はい、好意に甘えることにしました」
「だとすると、パティ、あなたも着替えた方がいいわね。その格好では王の主催する催しでは浮いてしまうでしょう。ドレスを貸すわ。あなたに似合うものがあるといいのだけれど――」
そう言い、アイビーはお付きの一人の召使いを呼び、何かを命じた。
「畏まりました」
と召使いは言い、パティを連れて行こうとする。
「王妃様、わたしはこのままでも……」
「それは駄目よ、パティ。アルタイア様が恥じを掻くわ。アルタイア様のためですから」
パティはネオにも同じことを言われたと思い出した。パティは召使いに促されるままついて行くことにした。
昼間その出来事があり、夕刻を向え、今に至る訳だが、パティの目の前ではアルとセトラが再び踊り始めていた。
パティはアイビーの召使いが選んだドレスを借り、化粧も少ししてもらっていた。
客観的に見てパティは愛らしく、幼いが美しい顔立ちをしていた。しかし王妃のドレスはどれも少々大きく、パティには長めの丈になっていた。人目を惹く容姿のパティだが、不釣り合いなドレスは彼女を引き立たせてはいなかった。また高いヒールも非常に歩きにくく、踊るどころか、歩くこともままならない。
見知らぬ貴族の青年、幾人かにダンスに誘われたが、勿論踊ることなどできない。
アルの隣に並んで歩くことさえできないパティは、まさしく壁の花と化していた。
「あれ? どっかで見たことあると思ったら、あんた、パティ?」
何だか落ち込んでいる時に、はきはきとした、特徴のある女性の声が耳に飛び込んできた。その声音にパティは聞き覚えがあった。
光沢のあるアップルグリーン色のドレスに身を包み、大きな焦茶の瞳をし、肩よりも五センチほど下までの同じ色の髪を下ろした若い女性が、グラスを片手にパティに声をかけた。
「えと、あなたは……クルミ!?」
その人を見てパティは目をしばたいた。
パティは彼女がクルミだと始め解らなかった。
前に会ったクルミとは随分と印象が違い、大人びて見えたからだ。
パティがクルミを同じ年くらいだと思っていたのは単なる勘違いで、クルミの年は十八歳だった。少し小柄な背丈と髪を結い上げた姿が彼女を幼く見せていただけだった。
「クルミ、無事だったのですね!」
パティの顔はぱっと輝き、クルミに近づいてその手を取った。パティの瞳は再会した嬉しさと無事だと知った喜びに、瞳は潤んでいた。
「良かった……。それなら、ロゼスも無事なのですね」
「当たり前でしょ。なあに、あんたあたしやロゼスが死んだとでも思ったの?」
クルミはパティの額をこつんと軽く打ち、にっと笑んだ。
「パティこそ、無事にメイクール国の王子様に会えたみたいね」
「はい。クルミたちのお陰です」
パティは笑んでいたが、その表情に若干暗い影を落としていることにクルミは気づいていた。
「パティ、紹介してください。このお嬢さんはどなたですか?」
いつの間にか傍に来ていたネオが、極上の笑顔を纏い、クルミの横から声をかけた。
「あ、ネオ。この方はクルミです。メイクール国にいた時にお世話になりました。見た目よりずっと強いですよ」
「強い? この可憐なお嬢さんが?」
ネオは眉を寄せ、まさか、というようにクルミの細い腕や少々小さめの体を見た。
クルミは小柄な方だが程良く鍛えられ、女性的な体つきでもあったので、ネオは一目で気に入ったようだった。最も、綺麗な女性と見れば、すぐに気に入るネオではあるが。
「初めまして、私の名はネオ・ロベート・ガラと言います」
ネオは取り繕った笑顔で、腕を胸の前で平行にし、クルミに礼をした。
「クルミ、ネオには気を付けてください」
パティはこそっとクルミに耳打ちしたが、パティの心配は無用であると言えよう。一応、クルミは形式通り、ドレスの裾を持ち礼をしたが、ネオに興味は一切ないようだった。
「クルミさん、一緒に踊っていただけますか?」
「あんた、さっき王の前で暫く踊った後、他の女の子たちと散々踊ってたでしょ?……よく疲れないね」
「ああ、見ていたのですか。それは嬉しいですね。どうでしたか?」
ネオはにっこりと訊ねる。
「どうって、見事だった。踊りのことはよくわからないけど、あんた踊ると目立つよね」
「一応名のある踊り手ですから」
「ふうん、踊り手なんだ。それならパティと踊りなよ。この子一人で暇そうだから」
「いや、パティのそのドレスとヒールでは踊れないですよ」
「ああ、そうか」
とクルミは言い、ポンと手の平で拳を打つと、突然パティを引っ張り、ちょっとこっち来て、と言った。
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