71 ダイス王との会話

「パティはあたしとそんなに背丈が変わらないから、あたしの服が合うと思う」


 クルミはパティを連れてダンスホールの外の回廊へ出た。

 そこに一人の年配の女性がいて、クルミとパティを見ると、

「お嬢様、どうかしましたか?」

 と、ほぼ白髪になった髪を引っ詰めて頭の上に団子状にした、召使いらしき女性はオロオロと言った。 


 クルミ・レイズンは七大陸でも名の知れた資産家であり商人でもある、ジュゴ・レイズンの一人娘だった。ジュゴ・レイズンは一代で資産を築き上げた身であり、クルミは資産家令嬢なのだ。

 年配の女性はクルミが連れてきた長年レイズン家に仕える、信頼のおける使用人だった。


「お城の客室借りて、あたしのドレス、この子に合うもの着させてあげて。ヒールもかえて」

 クルミがてきぱきと言うと、女性は「はいお嬢様」、と言い、横に置いていたケースを持ち、パティに着いてくるよう促した。

 パティは再び着替えさせられる羽目になり、何だかよくわからないまま、パティは客室に連れられ、ドレスとヒールを変えさせられる。

 そうして少ししてパティは再びダンスホールへと現れた。

 

 ダンスホールではざわめきが起こった。

 パティは裾が腰からふんわりと広がったプリンセスラインのドレスを着衣していたが、その背中は開いており、彼女の背の翼は隠されていなかった。美しい純白の大きな翼が露わとなり、人々は天使の翼の美しさとその少女の愛らしい姿に釘付けになった。パステルブルーの淡い色もパティによく似合っていた。


「パティ、さっきよりずっと似合うよ」

「本当ですね。素敵です。まさに天使ですよ」

 クルミだけではなく、ネオもパティのドレス姿を褒め、パティは少し照れた。


「靴も合っているし、パティ、それなら動けるでしょ? 王子様をダンスに誘いなよ。今は踊ってないから。ほら、王様たちのところにいる」

 クルミはパティに、離れたところで会話しているダイス王たちをそっと指した。

 アルは自分からはパティの元へは来れないことをクルミは知っていた。王の傍を自分から離れるのは失礼に値する。

「でも、わたし、踊りは……」

 パティはもごもごと口籠った。

「それなら大丈夫ですよ、パティ。王子であるアルなら相手が初心者であってもエスコートできる筈です。アルもきっと、パティを待っています。さ、行ってらっしゃい」

 ネオは励ますように言ったので、パティは頷き、アルの元へと歩いていく。


「へえ。ただの女たらしかと思ったら、いいとこあるんだ」

 クルミは思ったことをはっきりという性格なので、会ったばかりのネオに対してもそうだった。ネオはその言い方に少し面食らったが、悪い気はしなかった。   

 クルミがパティのためにドレスやヒールを用意したことや、彼女の明朗でさばさばとした性格が心地良いとも感じた。遊び歩くことはあったが、貴族社会で生きてきたネオには、クルミは珍しいタイプの女性であった。

 ネオは意図せず、クルミの横顔を見つめていた。


 アルは、二曲セトラと踊り終えたところで、ダイス王から声をかけられた。セトラはまだアルと一緒にいたい素振りを見せていたが、ダイスが「少し王子と話したい」と言ったので、セトラは、仕方なく退散した。


「ダイス王、我がメイクール国と同盟国になっていただけませんか?」

 アルはようやくダイスと二人で話す機会が巡ったので、口火を切った。

 軽やかなダンスの曲が流れる中、アルは真剣な顔をしていた。


「再び魔族が動き出したという情報があります。今こそ、各国は手を取り合い、助け合っていくことが必要です」

「アルタイア、解っているだろう。我が国はメイクール国と同盟国になっても大して恩恵は受けん。同盟国になったとして、ブラッククリスタルの分け前を増やすことなどできんだろう? 恩恵のない国を護るほど私は愚かではない」

 機嫌の良かったダイスだが、セトラが離れたところで遠慮のない言い方になっていた。


「それに我が国ではブラッククリスタルがなくてもどうってことはないのだ。我が国には選び抜かれた資質を持つ、軍隊がある。魔のものを近くに見つけたと知らせがあれば、どの国にも引けを取らぬ大規模な軍隊がすぐに討伐に向かう手筈になっている。魔のものなど恐れるに足りん」

「ダイス王、魔の力を侮ってはなりません。魔が徒党を組めば、一国を滅ぼすことも可能です」


「よせ、アルタイア。我が国においては当てはまらんだろう。それよりアルタイア王子、お前はセトラをどう思っている?」

 アルは思わぬことを問われ、顔を上げた。


「気づいているだろう? セトラは王子に好意を寄せている。王子は真面目で人当りが良く、民に好かれ、王としての気質も備えているから、私は気に入っている。我が娘と結婚するに申し分ない。どうだ、セトラと婚約をしないか? 娘の嫁ぎ先ならば、同盟国になる意味はある」


「――結婚、ですか?」

 アルも、セトラの気持ちは薄々感づいていた。

 メイクール国にとって、その申し出は有難いものであるだろう。しかし自分を戒めて生きてきたアルは元々結婚を考えてはいないし、望んでもいない。


(国のためなら受け入れるべきか……?)

 それが正しいのかも知れない。しかしアルはセトラを可愛いと思ったことはあっても恋心を抱いてはいない。それに、大国で我儘に過保護に育てられたセトラとは、暮らし方そのものが合わない、とも思う。

 例え国のためであってもそんな気持ちで結婚するのはセトラに対して失礼ではないだろうか。


「すぐに返事をしろとは言わん。王子はまだ十五になったばかりだからな。考えておいてくれ」

 ダイス王の言葉は、考えろと言いながら高圧的で、異を唱えることを許さぬ響きが伴っていた。

 ダイスとアルの沈黙の合間に、不釣り合いな軽快で楽しげな音楽が流れていた。

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