54 魔の三大勢力

 騒ぎが収まると人垣は徐々に減り、アルはパティたちの方に進むことができた。

「パティ!」

 と叫んだアルの声を聞き、パティは、アルの姿を見つけ、そのまま彼に駆け寄り、飛びついた。

 アルは、パティに思い切り飛びつかれたので倒れそうになったが、何とか堪えた。


「良かった、アル。無事で良かったです」

 ロミオとジルは、パティが、まるで主人を見つけた犬のようだと思った。アルの胸に飛び込んだ少女は嬉しそうに尻尾を振っているようにも見える。


「パティも無事で良かった。ネオは?」

 と尋ねた時、丁度ネオが戻って来て、少し離れたところでその薄紫の頭をぺこりと下げた。


 夜の闇が近づいているので、一行はロミオの家に泊まることにした。

 その前に、ロミオは買い出しを済ませ、アルは城の兵士を見つけると、ライナに頼んでいた捜索を中止するよう伝えてくれと頼んだ。

 馬車を走らせてロミオの家に着いた頃にはすっかり夜になっていた。



 ロミオの家はノーベ村の外れに位置し、他の家々とは離れた場所にあった。

 周囲には木々が生い茂り、そのためあまり陽当たりは良くないが、その代わりに庭が広く、馬車や馬を止める小屋もあった。


「泊まらせてもらう上に食事まで有難う」

 ロミオとジルが作ってくれたシチューを皆がほとんど食べ終えた頃、アルが言った。

「いや、丁度良かったよ。旅人には色々と話を聞きたいんだ。他国の様子を知りたいからね」

 アルも、ロミオに聞きいことがあったので、ロミオが家に泊まってくれと言ってくれたことは有難かった。


「あの、ロミオ、本当に魔族退治をするのですか?」

 パティは遠慮がちに訊ねる。 

「ああ、勿論だよ。約束したからね。そうだ、今は他国のことよりもそのことを考えなければな」

 と、ロミオは独り言つ。

「そのことでちょっと頼みがあるんだけど――」

 ロミオは朗らかに切り出し、アルやネオ、それにパティの顔を順に見る。


「魔族を退治するのを手伝って欲しいんだ」

 ロミオはにっこりと笑んだ。


「魔族退治――。そうか、この国に現れた魔族か」

 アルはテーブルの上で両手を組み、考える格好をした。

「引き受けてくれるかい?」

「アル、ジルはわたしたちを助けてくれました。協力しましょう」

「パティ! 魔のもの恐ろしさを知っているでしょう。それでなくとも、ここに現れる魔族はもう何人も人を殺しているのですよ」

 ネオは少し声を荒げた。

 ネオとて、助けてくれた恩は返したいが、魔のものの恐ろしさは肌身に染みている。


「なぜ僕たちに?」

「理由は二つ。一つは、人手は多い方がいい。もう一つは、パティには魔族を探知する能力があるだろう? ジルのことを魔族だと解っていたし、さっきも魔を感じていた」

「ええ。そうです」

「やっぱり。今この国にいる魔族は、その姿も、いつどこに現れるかも誰も知らないんだ」

 ロミオは言いながら、皆が食べ終えた食器をキッチンに運ぶ。


「ジルにも魔族を探知する力があるけど、それでも見つかるかは五分五分だろう。だけど、探知能力を持つ者が二人いれば、魔族を見つける可能性は高くなる」

「わかった。引き受けよう」

 ネオはアルがそう返事をしたので文句を言いたかったが、王子である彼には言えなかった。


「だが僕には大事な用があるんだ。二日の間で良ければ手伝おう。その代わり、魔族の動きについて教えて欲しい。あなたはそれについても調べていると聞いた」

 ロミオは少し驚いた顔をした。

「そのことはあまり話していないはずだけど、誰から聞いたんだい?」


「僕は、メイクール国の王子、アルタイアだ。あなたのことはバノン王直属の護衛の兵士、ライナに聞いた」

 アルは、王とも親交のあるロミオにならば自分のことを話してもいいだろうと判断した。


「へえ。君、メイクール国の王子様か。なるほどね。いいだろう、ついておいで。二階が研究室なんだ」

 ロミオは、アルの言ったことを疑うことなく、受け入れたようだ。そして彼はアルが王族だと知ってもその飄々とした態度を変えたりはしなかった。



 二階は、ごちゃごちゃと本や書き留めた紙が散乱していた。大きな世界地図が壁に貼ってあり、そこには各地に現れた魔族の特徴や出現した時期が書かれてあった。

 部屋の半分は、趣味だという道具作りのスペースが取られ、作業台に工具や道具があり、見たことのない武器のようなものも置かれていた。


「散らかっていて悪いね」

 ロミオはパティたちを地図の前に案内した。

「ここ数か月、魔は国に入り込み、その力を奮っている。魔は積極的に国を襲っている。今回のこのカストラ国に現れた魔族も同じだ。こんな風に魔はあからさまに国に現れて人を襲うことはなかったんだ」

 小さな村や森などはともかく、魔族が国の中に現れ、人を襲うなど異例だ。


「この色は何だ? 赤と、青と、黒と書かれているのは?」

「それは魔の勢力を分けているんだ。そもそも魔族は、三つの勢力に分かれている」

 魔の三大勢力とは、人の魂を好む青色の瞳のアウイナイト、人の血肉を好んで食らう赤い瞳のビクスバイト、闇色の瞳を持つ、三つの勢力の頂点に立つ、ブラックスビネルという、三匹の多大な力を持つ魔の王のことだ。

 魔はその三つの種族に分かれている。地図上では、黒と書かれているのは闇色の瞳の魔族だ。


「つまり、その色が書かれている箇所は、その勢力の魔族が現れた場所なんだ」

 瞳の色が同じ魔族は同族であり、本来争うことはないが、異なる種族の魔族は顔を合わせればほとんどが戦い、命を落とすこともある。

「今は闇色の瞳の魔族が魔の世界を牛耳り、他の二つの勢力はそれに従う形で大人しくしていた」


 ロミオは、地図に書かれた赤と青の文字を差し棒でとんとん、と叩く。

「だがこの地図を見ても解るように、国を襲っているのは青と、赤の勢力だ。黒の魔族はほとんど目撃すらされていない。そして気になるのは、青と赤の勢力は、ごく近い場所に現れている。これが意味することは、恐らく――」

「まさか、徒党を組んでいるのか?」

 ロミオが言おうとしたことを、アルが先に口にした。


「僕もそんなことがあり得るのか疑ったが……、二つの勢力が近い場所での目撃箇所が多いんだ。だとすれば、黒の勢力を落とすため、二つの勢力が協力していると考えられる。これはかなりまずい状況だ」

「なぜです?」

 ネオは、特に魔族の動きなどには興味を持っていないが、話の流れで、何となく訊ねた。


「黒の魔族は、ほとんど人間世界に干渉することはなかった。勿論、中には人を襲う者もいるが、その数は圧倒的に少なく、まして、人間世界の秩序を壊そうという者は皆無だった。しかし、赤や青の魔族が頂点に立てば、同じようになるとは言えないだろう」

 赤の種族は人の血肉を好み、青の種族は人の魂を食らうことを好んでいる。


「ライナは、あなたが、近い内に魔が大きな動きを見せると言っていたと。それはどういうことだ?」

「ロミオでいいよ、アル。……二つの勢力は、黒の魔族を凌ぐ力を得るため、地上の力を手に入れる気でいる」

「地上の力とは、主に王族が手にする神具のことか?」

「そうだ。すでに幾つかの国は少数の魔族に襲われている。しかし神具を護った王族もいる。そのために赤と青の勢力は目的を果たすため、更に多くの魔族を投入、あるいは、力の大きな魔族を使うだろう」

 ロミオは、苦しい表情をした。


「それなら、神具を渡したら良いのではないですか?」

 パティがその場にそぐわぬ、のほほんとした口調で言うと、ロミオは首を振った。

「そういう訳にはいかないんだ。神具を集め、それを使い熟した者は地上を滅ぼすほどの力を手にするとも言われている」

 ロミオは指し棒を机に置き、腕を組んだ。


「狙われているのは神具だけではないよ。石を持つ人間もだ」

「そのことも知っていたのか」

 ロミオの言葉にアルは驚いた。


「ネオ、君は石を持つ者だな?」

 急にロミオに問われると、ネオは顔色を変えた。

「すまない、脅かすつもりはなかったんだ。実は僕も同じなんだ。神に選ばれた、石を持つ者だ」

 ロミオの言葉に、ネオは少し眼を見開く。

「服を脱がした時、首元のそれに気付いてね」

 それとは、透明で、青みを帯びた石のことだ。


「石のことをどこまで知っているのですか?」

「多分、ほとんどのことは知っているよ。ある時を境に自分に石があることを不思議に思って調べ始めたんだ。学者になったのはそのことがきっかけだよ」


「アル、ムーンシー国でのことを全て話しても良いですか?」

 ネオは、諦めたようにため息をつき、アルの顔を見ると、アルは頷いた。


「ムーンシー国で魔のものと戦いました。その者は神具を狙い、私を仲間にしようとしていました」

「……そうか。だとすればこの国でも石を持つ人間と神具を探しているのかもしれないな。石を持つ人間には神が多くの力を与えたと言われているんだ」


 そんな力など要らなかった、とでも言いた気に、ロミオは皮肉めいた笑みを浮かべた。

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