53 ロミオの反論

 ネオを待つ間、その場に止まることにした三人は荷物を積んだ後、馬車に乗り込む。

 三人は誰も話さなかった。普段は明るいロミオも口を閉ざしていた。しかしその沈黙は悪い方に破られた。


 店の外にいた老人が、眠ったように倒れている。

 パティはその人から魔の気配を感じ取った。


(魔の気配? だけど、この人の手は人間の手)

 パティは倒れた老人の手をじっと見た。魔族の手が極端に節くれ立っているのは知っているが、老人の手は人の手だ。


「パティ、待って!」

 倒れた老人に近づいて行くパティをジルが止めた。


 ジルは老人の前まで行き、鼻をひくひくと動かし、眉を寄せた。

「魔の臭いがするから、近付かない方がいいよ。それにこの人、死臭もする」

 老人は亡くなり、すでにその魂は黄泉へと旅立っていた。

 ジルはパティと同じように、魔のものが解るのだ。

 パティは気配で感じ取るが、ジルは臭いを嗅ぎ分ける。魔も人もそうだが、ジルは生きているか死んでいるかもその臭いで判断がつく。


「死臭――?」

 パティが呟く。

 するとそこへ、先ほど店内にいた客、三人がやって来て、倒れた男を見て騒めいた。


「おい、死んでるんじゃないか?」

 倒れた老人に近づいた一人が言った。

「本当だ。死んでるぞ!」

 そこには先ほどジルを突き飛ばした大きな男もいた。

「やっぱりだ。お前が何かしやがったな!」

「子供のくせに、なんて恐ろしいことを――」

 ジルが老人の目の前にいたことから、彼らは当然の如くジルを人殺しの犯人だと決めつけ、口々に言う。


「よせ! ジルが殺したなんてなぜわかるんだ? その人には傷もないんだ」

 ロミオは、ジルと因縁をつける者の間に立ち、声をあげた。

「おい、魔族のガキ、こっちに来るんだ!」

 大男は怒鳴り、ロミオを押しのけると、ジルのコートの襟を掴み、引き摺ると、乱暴に地面に投げた。

 

 バン!

 ジルは無理やり引っ張られて投げ出されたことで顔に擦り傷を負い、服も残り雪と泥で汚れた。

 パティもロミオも、驚きとそのあまりの暴虐ぼうぎゃく振りに何が起きたのか一瞬解らなかった。


「何てことをするんだ!」

 ロミオは男に怒鳴り、詰め寄った。

「何だ、やるか? 学者様がよ!」


 ロミオはその空色の瞳に怒りを滾らせ、自分より20センチ以上も背丈の高い男を睨みつけた。

「ジルは魔族の血を引いているが、ここで暮らす許可は得ている」

「ふん、人殺しだと解れば王様も考えを改めるだろう。城に突き出してやる!」

「ジルは人殺しなんかじゃない!」

 ロミオは果敢に男に食い下がるが、他の二人の男もロミオたちを睨み、蔑みの表情をしている。


「人殺し!」

「この場で殺せ!」

 いつの間にか、騒ぎを聞きつけ、周囲に人が集まり、事情を知らない者たちまでもが囃し立てている。


(何だ、騒がしいな)

 そこへ、たまたま店の近くを通りがかったアルは、人垣ができ、騒然としているのを見て、そちらに近づいた。

 アルは、入れ違いになるのでは思い、王都でパティたちを探し、見つけられなければノーベ村に行こうとしていた。 


 騒ぎの中心には汚れた服を着た顔に擦り傷を負った少年と、それを庇うように立つ茶色の髪の男、その後ろには、ブルートパーズ色の髪の少女が戸惑いと恐怖に蒼褪めていた。


「パティ!」

 アルは少女に向かって叫んだ。しかし周囲は騒がしく、人も集まっていたのでパティにアルの声は届かなかった。

 アルはパティたちに近付こうとするが、人が壁になり、前に進めない。

 パティを見つけてアルはホッとしたが、その緊迫した状況にいる彼女が心配だ。


「さっさとそいつを渡せ!」

 大男は更にロミオに詰め寄る。

 しかしロミオは一歩も引かなかった。

「渡さないさ」

 ロミオは余裕があるように口元に笑みを浮かべていた。


「そうだ、それならこうしよう。僕が、この国に隠れる人殺しの魔族を見つけ、退治する」

「なんだと?」

 ロミオは何とかその場を納めることを考え、そう口にした。

 ジルが、、早くその場を納める必要があったからだ。


 周囲はロミオの言葉にどよめいた。

「他の魔族なんかいるの? 誰もその姿を見ていないわ」

「でたらめじゃないか?」


 周囲の人々から怒号が消え、ひそひそとした話声が聞こえてきた。

「この国で人が亡くなり始めたのはもう一月も前からだ。その際、殺された人のいた所は、ノーベ村、カストラ国王都という、離れた場所だよ。ジルは普段、ほとんどノーベ村を出ることはない。それを全てジルが犯人だというのはそもそも無理がある」

 ロミオは、人々が落ち着きを取り戻しつつあるこの機を逃さず、冷静に語りかけた。


「学者様が魔族退治だと? そんなことができるとは思えないな」

 大男も、周囲の者が静かになったので、少し頭が冷えたようだった。

「見くびってもらっては困るよ。僕は、対魔物用の武器を作ったことでも名が通っているんだ」

「そういえば聞いたことがある。ロミオ・クルスが王様に特別扱いされるのは、歴史学者というからではなく、その武器作りの腕を見込まれているからだと」

 ロミオがいうと、アルの近くにいた男が、隣の女性に言った。


「その代わり、魔族を倒したら、お前にはジルに謝ってもらう。それから二度とジルを差別をするんじゃない。いいか、ここにいる皆に言っているんだ。ここで見ている者は皆、証人だ」

 ロミオは空色の瞳を周囲に走らせ、全員の顔を見て言った。周囲の人々は静まり返る。


(ロミオ・クルスか)

 アルは騒ぎを納めたロミオに注目した。

 彼の人柄や人の心を動かす言動は見事だった。


(この人が、ライナが言っていた歴史学者――)

 アルは、ロミオという者に興味を惹かれた。

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