47 再びの城、新たな大陸へ

 次の日の朝、パティとアルは、再びムーンシー国の城内へと足を踏み入れていた。

 ネオとは船着き場で待ち合わせることとなり、城へはアルとパティだけで訪れた。

 アルはその後のラスティルがどういう様子かはまだ分からないので、パティを一緒に連れて行くのは正直不安だった。


「アルタイア王子、本当によく来てくださいました」

 執事が扉を開けた先で出迎えたのは、落ち着いた声の女性、王妃エトランゼだった。

 今回、彼女には会えずにいたので、アルは王との謁見の場に共にいるエトランゼを見てほっとし、また嬉しくもあった。


 エトランゼは四十半ばの、優しい面差しをした、穏やかに話をする淑やかな女性だった。

 アルの母は幼い頃に亡くなり、その記憶はほとんどない。しかしなぜかアルはエトランゼに母の姿を思い描いていた。


「エトランゼ王妃。お会いできて光栄です」

「わたくしもアルタイア王子にお会いできたこと、心より嬉しく思います。この度の出来事については、大変ご迷惑をおかけ致しました。本当に、なんと言ったら良いのか――」


「エトランゼ王妃には関わりのないところで起きたことです。どうか、お気にならさずに」

「ありがとう、アルタイア王子。こんなところで立ち話なんて失礼でしたね。こちらにおかけになってください。パティ様も――」

 エトランゼは、部屋の奥へとアルたちを通し、椅子に座るよう促した。


 ラスティル王との謁見で通された部屋は玉座の間ではなく、小さめな客間だった。そう助言したのはノートイで、この方が落ち着いて話ができるだろうという彼の思いが込められていた。

 ラスティルはすでに奥にある椅子に腰かけていたが、アルの姿を見ると会釈し、アルの元へと歩いてきた。その後ろにはノートイもいた。


「アルタイア王子、来てくれて感謝する」

「ラスティル王、僕は、ここに来ることを一度は断りました。今日はノートイ殿の顔を立ててここに来たまでです」

 アルは先日のことがあり、ラスティルに対して警戒していた。


「ああ、そうであろうな。本当に、私はとんでもないことを言ったと後悔している。しかしあの時の私はメイリンのいうことが正しいのだと思う以外に考えられなかった……。正常な判断ではなかった。私は、メイクールと争いを望んではいない。そのことは信じて欲しい」

 ラスティルは真摯な態度で言い、頭を下げ、アルの目の前で片膝を折り、中腰になった。それは王であるラスティルがする筈のない行為だった。


「王、頭を上げてください」

 アルは、いつもの柔らかな声で言い、同じように膝をつき、視線の高さをラスティルに合わせた。

「あなたのしたことを許します。そしてそのことが今後ムーンシー国にとって不利にはならないと誓います」


「あ、アルタイア王子、本当に、感謝する!」

「ラスティル王だけのためだけではありません。メイクール国とムーンシー国が手を取り合うため、そこに住む民のためです」

 ラスティルは頷いた。

「アルタイア王子、私にできることがあれば何でも言ってくれ。せめてもの、詫びだ」


「では、お願いがあります」

 少し考え、アルは口を開く。

「メイリンのことです。彼女のことは内密に。ウォーレッドへの報告もしないでください」

「なぜだ? メイリンはそなたの命を狙っているそうだな。ウォーレッドにメイリンを捕らえるよう動いてもらった方がいいだろう。まさか、同情しているのか? あの、元王女の娘に――」

 アルは、どきりとした。

 アルにはそれを否定できなかった。


「アルタイア王子、彼女はただ逆恨みしているだけですよ」

「わかっています」

 ノートイの言葉に、アルは俯きがちに言った。

 アルはしかし、メイリンの運命に同情せずにはいられなかった。

 メイリンがウォーレッドの手に渡れば、彼女は、今度こそ殺される。メイリンは恐ろしい存在ではあるが、このまま彼女が殺されて欲しくはなかった。


(父から真実が聞きたい。本当にファントンの王を裏切ったのかどうか――)


「マディウス王、もう一つお願いがあります。父王、マディウス宛てに手紙を書きました。これをメイクール城まで届けて欲しいのです」

 アルは懐から手紙を取り出した。

「よし、引き受けた。信頼できる者を使いに出そう」

 ラスティルはノートイに視線を送り、アルの手から、ノートイがそれを受け取った。


「アルタイア王子、くれぐれもメイリンにはお気をつけください。あの娘は魔族と取引きをしたのでしょう。それで魔の力を得た。それほど、メイクール王家に対する憎しみが深い」

 ノートイは、下がりかかった丸眼鏡を直し、目を鋭くした。

「取引きとは何ですか?」

 魔の知識がほとんどないパティが訊ねた。

「魔族は人の魂を好みます。力を得るために、死んだ後、魂を魔族に食われるのです。それが魔族との契約――」

「魂を食われる……」

 パティはその響きの不吉さに唇を震わせた。


「魂を魔族に食われれば、死んだ後、その人間は転生ができないと言われています。しかし元々人は前世の記憶がないですから、力が欲しい者にとってそれは大した問題ではないのでしょう。力を欲する者にとっては魔族との契約は簡単に力を得られる手段です。魔の力を使うことで魂は汚れる。その方が後で魂を食らう時、多くの力を得られるのです。だから魔族は人間と契約を交わす。しかし、魔の力を得た人間は寿命が縮まるとも言われています」


 一通りノートイの話を聞いた後、アルたちは船の時間もあり、出発することにした。

 アルとパティは礼をし、扉の方へと向かった。するとエトランゼがすっと前に進み出た。


「お二人はこれから、北大陸へ行かれるのですよね? パティ様、こちらをどうぞ。北国用のローブです。翼を隠せるように作らせました」

 エトランゼは、クリーム色の、フード付きの長いローブをパティに手渡した。ふんわりとしていて、心地良い生地だった。

「これ、わたしにですか?」

「ええ、勿論ですよ」

 エトランゼは目尻に少しの皺を寄せ、上品に笑んだ。


 会ったこともない自分のために服を作ってくれるなんて、思いやりが深く優しい方だとパティは思った。

「ありがとうございます、王妃様」

 パティもまた、笑顔を返した。

「パティ様もアルタイア王子もお気をつけて。良い旅を」

「ええ。みなさんも、お元気で。それから、ラスティル王、王妃様を大切にしてください」

 パティは最後にラスティルに、小言を言った。

 アルは少し驚いたが、ラスティルは笑って頷いた。



 船着き場では、ネオの送別会が盛大に開かれていた。

 何やら港は騒がしく、二十数名だろうか、若い女性の群れがあり、なんだろう、と訝りながら二人は進んだ。すると人だかりの中央から、こちらですよ、という明朗な青年の声がした。

 そこには質素な姿ではあるが、やはりアルと同じように気品に溢れた青年ネオが、女性たちに囲まれながらにこりと笑いかけた。

 二人はあっけにとられてネオを見つめ返した。


 ネオの横にいる女性の一人はぐす、と鼻を啜り、またその他の取り巻きの大勢の女性も、ネオ、行かないで、やら、寂しいわ、と口々に訴えていたのだ。

 ネオはパティたちを見ると、大きな荷物を担いで彼女たちの方へ寄った。

 ネオは顔を悲しげに曇らせ、女性たちにひらひらと手を振った。


「ネオ、遊びに行くんじゃないぞ」

 アルは珍しく、厳しめの声で言った。

「ええ、分かっていますよ、アル。ただ女性たちが私との別れを惜しんでいましてね」

 何だか、前途多難な予感がするアルであった。


 かくしてアルたち一行は、北大陸へ向かう船へと乗り込んだのだった。

 

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