48 北大陸~旅路・カストラ国~

第二大陸・北大陸編



 パティは船の甲板に出て、凍るような寒さを肌に浴びた。吐く息は白く、手足は冷たい。

 北東大陸も寒かったが、北大陸まであと僅かという海の上では凍てつくような寒さだった。

「エトランゼ様からこのローブをいただけて良かったです」

 パティは白い息を吐き、微笑んで言った。


 ローブは寒さをかなり和らげていた。これがなければこの北国では数分の内に体温を失うだろう。

「本当に、そうだな」

 アルもパティの意見に賛同した。

「この旅ってもしかして、かなり行き当たりばったりですか……?」

 二人の会話を聞いていたネオは、北大陸へ行くのに寒さを凌ぐローブも準備していなかったことに、呆れ交じりに言った。

 アルはそれに反論できなかった。


 船に乗ってから、およそ二週間が経とうとしていた。

 しかしその期間はアルたちがムーンシー国で負った傷を癒すのに丁度良い時間だった。彼らの傷はほとんど回復し、パティがメイリンに傷つけられた鞭の棘の傷など、もうどこだったのか分からなくなっていた。


 船が間もなく港に到着すると、ネオは、黒い長い丈のローブの前を閉め、大きめの荷物をてきぱきと運んだ。

「アル、パティ、さっさと行きましょう。じっとしていては寒さで動けなくなります」

 そう言って先頭を切って歩くネオだが、船の中ではアルやパティと食事を共にすることはほとんどなく、勿論、部屋も別で、彼だけは大きめの個室だった。パティの旅の資金はアルが持ち、ネオは自分で金を出していたので、当然といえば当然と言えた。


 パティとアルは、ネオが若い女性と酒を飲み、部屋に入っていくのを度々見かけていた。

 アルは困ったものだとため息を零していたが、何度か注意しているので、もう諦め気味でいた。パティにはネオがなぜそれほど女性にモテるのか、正直理解できなかった。

 ネオは顔は整っているが、彼が食事を共にしていた女性に言っていることは、嘘臭く、中身のない軽い言葉ばかりだった。


(もしかして、ネオは本当の恋をしたことがないのでしょうか)


 パティも恋を知っている訳ではないが、彼女が読んだ本には、恋とは、心を捕らえられ、胸を焦がすものだと書かれていた。ネオが相手の女性に恋をしているようには見えなかった。



 一行は船を降り、港から、北大陸の中心にあるカストラ国を目指して進み始めた。

 しんしんと雪は降り続け、周囲の家々の屋根や道を白く染め上げている。


「雪が酷くならない内に、ノーベ村までは行っておきたいな」

 アルたちは馬車を手配し、乗り込んだ。馬屋の主人は、多少貸し渋っていた。

「こんな日に馬車で移動するのか? 馬を失くすなよ」

 主人がそう言った理由を、その時、アルは理解できなかったが、馬車に乗り込み、二、三時間ほど馬車を走らせた頃、その意味がようやく解った。


「また吹雪いてきましたね」

 降雪が激しくなり、ネオは凍て付く寒さに唇を紫色にし、険しい顔をした。

 一年中温かい気候の天世界で生まれ育ったパティは、ネオたちよりも数倍も寒さを感じていた。体の震えが止まらない。


 アルは馬車を動かしながら、吹雪で視界の悪い前方を睨むように見ていた。

 馬車はいつしか林の中へと入っていた。そこは作られた馬車道であるが、道は狭く、馬車道を外れると木々の生い茂る崖下へと真っ逆さまだ。

 アルは慎重に馬を操っているが、何せ前方は吹雪で白く霞んでいる。


(駄目だ、視界が悪い……、早くどこかに馬車を止めないと――)


 そう思い、周囲を見回した時、強い突風が吹いた。

 突風を受け馬車が傾き、馬たちも馬車に引き摺られ、馬車道を逸れて木々や雑草が存分に生い茂る急坂の下へと転がっていく。


「きゃあ!」

 パティは悲鳴を上げた。

 三人は馬車が急坂を転がったことに対処できず、パティとネオは馬車の中で体を投げ出され、アルは激しく動く手綱を掴んでいた。


 バキバキバキ……!

 馬車は、勢いをつけて木々に衝突し、壊れて、ようやく止まった。

 

 衝突の瞬間、アルは外に投げ出された。激しく揺れる馬車に、ネオとパティは外に出ることができず、荷台の中で衝撃を受けた。

 壊れた馬車は横倒れになり、からからからと、車輪が空で回った。三人は意識を失った。

 しかし馬は衝突する前に避け、大して怪我はしなかった。綱は切れ、一頭の馬は林の奥に逃げ出し、もう一頭の馬は雪の上に投げ出されたアルの傍に寄り、彼の服を咥え、その背に乗せた。


(パティ、ネオ……)


 アルは馬の背に乗せられて揺れながら、意識を失う直前に案じていた二人を思い、目を閉じた。

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