43 滅びの国の姫 後半

 メイリンが再び攻撃態勢に入ったので、アルは剣を構えた。

 鞭は剣に当たったが、その衝撃にアルは吹き飛ばされそうになる。メイリンはにやっと笑い、続いてアルの足を払った。

 アルが転んだところへメイリンは小型のナイフをいつの間にか構え、それをアル目掛けて突き出した。


 アルは首元に飛んできたそれをメイリンの手の上から掴み、止める。

 アルとメイリンは互いにナイフを押し合い、しかしメイリンは女性とは思えぬほど強い力でナイフを徐々に押していく!


 意識を失っているナターシャをカーネリアの隣に横たえ、「お願いします」、とパティにいうと、立ち上がったネオが、メイリンの背後にじりじりと迫った。   

 ネオは背中の痛みを堪え、剣を構え、呼吸を整えた。

 剣舞を舞おうとしたが、メイリンの背の服が破れ、突如、翼が広がった。

 

(黒い翼――)

 その翼は漆黒のような深い黒い翼で、ばささっ、という羽音と共に広がり、背後のネオを押しのけた。

 黒い翼はパティのような壮大なものではなく、メイリンの背丈の半分ほどの大きさだった。


 アルもネオも、パティも驚きの中にいた。

 メイリンは会食の時、背中の開いたドレスを着ていたが、黒い翼などなかった。服を破ったことを考えても、翼は今、生えたのだ。

「面白くなってきたな。さあ、本番はこれからだ」

 メイリンが低い声でいうと、彼女は翼をはためかせ、その場に浮き上がった。


「これは……まるで魔物。本当に人間ですか……?」

 ネオがそう言った次の瞬間、ネオの真上から、メイリンは膝を折り曲げ、空中から下降したまま、ネオのみぞおちに膝蹴りをした。


「うあっ」

 ネオは、メイリンの早さに対応できず、まともに彼女の蹴りを食らい、呻き声を上げ、ごろごろと後ろに転がった。

 ネオは背中を負傷していることもあり、反応が僅かに遅かった。


 メイリンの蹴りは鋭く、ネオは一瞬、意識を失った。

 ネオが転がると同時にアルはすかさず剣を構え、メイリンに飛び掛かった。

(じっとしていてはやられる!)


 下方に降りてきたメイリンに向かって行くが、彼女はアルが攻撃を仕掛けた時、黒い翼を羽ばたきし、一秒足らずの内に後方十メートル以上も飛び下がった。

 

 メイリンは後方に飛びながらアル目掛けて鞭を打った。鞭は長く伸び、鋭い棘が服を破り、アルの体のところどころから血が散った。

「……くっ!」

「アル!!」

 パティは堪らず叫んだ。


(駄目だ、このままじゃ殺される!)


 メイリンは人間離れした強さだった。

 剣で攻撃しようにも素早く逃げられ、メイリンの攻撃は長く鋭い鞭で距離をとって繰り出される。

(十字剣なら、飛び道具になるから後方に逃げられても攻撃ができる)


 刃が十字の形をし、持ち手が中央にある、投げて扱う武器のことだ。

 アルは、友人の命を奪ったこの武器には、その後暫くは触れられずにいた。だがそのまま十字剣をしまい込むことはできなかった。

 カイルはアルが十字剣の使い手になることを望んだのだ。カイルは、アルが理解できないことを望み、行動するのだ。


 カイルは、十字剣の扱い方、また戦い方をアルに叩き込んだ。アルは数年の後、剣での戦い方に加え、十字剣の使い手となっていた。

 しかし、兵士との訓練試合ではアルは十字剣を使うことはできなかった。あの悪夢のような出来事がどうしても蘇ってくる。


(今もそうだ)

 アルは念のために持っていた腰の武器に手を触れたが、その手は震えていた。

(うまく扱えるだろうか。この狭い回廊で――)

 もし手が滑ったら、あの時以上の悲惨な事故が起きてしまう可能性もある。


「次で終わらせる。アルタイア、お前の命を貰う!」

 メイリンの不吉な言葉に、アルははっとした。


(いや、迷っている時間はない。このままじゃ殺されるだけだ!)

 アルは、ベルトに固定された十字剣を縛ってある紐を剣の先で切った。アルは十字剣の中央を右手に持つ。


「メイリン、僕は死ぬ訳にはいかないんだ。ある人と約束をしたから。誰よりも立派な王になると。だから君に殺されはしない」

 アルは右手に十字剣を持ち、左側の顔の横に腕を構える。


(なんだ、あの古い、十字形の武器は?)

 メイリンはその武器に対して、それ以上の感想はなかった。


 アルは十字剣を、真っ向からメイリンに向かって投げた。

 アルの十字剣はぎゅるるる、と激しく回りながら飛び、メイリンの横顔を通り過ぎ、後方二十メートルほどまで飛んだ。しかし、十字剣は突如、方向転換し、更に勢いをつけ、前方へと戻ってきた。

 メイリンは屈んでそれを避け、アルは戻ってきた十字剣を受け止めた。


「その武器は何だ?」

「メイクール王家に伝わる、王の武器と呼ばれている宝物だ」

 アルは言い、再び武器を投げる。

 メイリンは難なくかわすが、十字剣は不規則に飛び続けている。


(この武器は厄介だ。動きが読めない)

 メイリンは予測不能な飛び方をする円形の武器に、それを避けることに気をとられ、自分の攻撃の動きが封じられ、いらついた。


 アルの手から離れた十字剣は、今度は回廊の床を抉りながら進み、メイリンの立っている場所まで来て突き上げた。

 ズガガガガ!

 メイリンは十字剣が襲ってきた時、鋭い刃を盾で防ぐ。


 十字剣は、盾が割れるかと思うほどの衝撃で当たってきて、メイリンは壁にまで押し付けられた。

 隙あらばその武器を奪おうと思っていたが、持ち主の手を離れても尚、勢いが全く衰えていない。下手に掴もうとすればこちらが怪我をするだろう。


(この私が押されている? こんな年若い王子に……?)

 いくらメイクール王家に伝わる武器を手にしているとはいえ、ぬくぬくと王族として育ったアルに押されるなど、メイリンには許し難かった。


 その時、メイリンは、ちらと眼を走らせ、周囲の人間をその瞳に映した。

 カーネリアとナターシャの傍らにいた天使はアルが心配のあまり、数歩前に出て、両手を組み、その戦いの行方を見守っている。


 メイリンは笑みを刻み、彼女は一瞬の内に鞭でパティを捕え、そのまま力任せに引っ張り上げ、自分の近くへと落とした。

 ダンッ!!


「な、何を――」

 アルとネオが茫然とする中、鋭い鞭の棘はパティの体に突き刺さり、パティは呻き声を上げた。

 パティを鞭が捕らえたのは一瞬のことで、メイリンはすぐ鞭を解いたが、パティのドレスは鞭の棘の穴が多数開き、そこから彼女の血がドレスに染みを作った。  

 メイリンはすかさずパティの両腕を取り、パティを立たせて背後から拘束した。


「アルタイア、武器をこちらへ投げろ。それからゆっくりとこちらへ来い。さもなくばこの天使の命を奪う!」

 メイリンはアルだけを見つめ、高圧的に言い放った。

 

 アルは、メイリンの憎しみに染まった瞳を受け止めるように見返した。

(パティ……)

 捕らわれた天使の不安そうな顔に、アルは胸が痛くなった。

 アルの心は、パティを巻き込んでしまった罪悪感と、己の命が奪われようとしている絶望が波のように押し寄せてくるのを感じた。

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