42 滅びの国の姫 前半
8年前に姿を消したファントン国のあった南西大陸は、今は七大陸最大国、ウォーレッドの管理下であるウォーレッド第二帝国となり、城の跡地には、ウォーレッドの名のある将軍とその部下の兵士の宿舎が建てられた。
もともと王都に住んでいたほとんどの兵士や民は戦争で命を落とし、また王家の親族は地位を奪われ、解体され、その血を絶たれた。
南西大陸には町や小さな村も点在している。戦争からは難を逃れたが、その影響を受け、王都から離れた場所で生きていた少数の村や町の民の暮らしもひっ迫していた。
ウォーレッドの兵士は命令が下っていないこともあり、民に手を貸すことはなく、彼らの暮らしは酷い有様だった。
ファントン国は、近年の歴史上、最も悲惨な目に遭った国と言える。
「生きていた……のか? あなたは本当にメイリンなのか?」
アルは掠れた声を発した。
ファントンは古いしきたりに守られた秩序ある国だった。
男女に関わらず、第一子が王になることが決まっていたファントン国の次なる王は、メイリンという名の王女だった。
アルはファントン国の王女とも数度面識があった。アルが彼女に最後に会ったのは彼が6つの頃だったが、メイリンのことは覚えている。
アルよりも7つ年上の彼女は聡明で凛々しかった。次代の王となるべく育てられたためか、王たる風格を既に手にしていた。
彼女はいつも、同じ王族のアルに対しても、上からの口調で話していた。しかしメイリンは七つも年上であるし、何より彼女はアルをメイクールの次代の王と認めていたので、それは大したことではなかった。
「アル、お前はいつも悪戯ばかりしているな。もっと王となる自覚を持て」
「僕はまだ6歳だよ。いいじゃないか」
アルはその頃はまだ、幼い少年らしく、遊び回ったり悪戯をしたりしていた。
「メイリン様、弟がいるのでしょう? どうして連れて来ないの?」
「船が怖いそうだ。いつもは生意気ばかり言っているくせに、だらしない」
メイリンはその時、弟を思い出し、柔らかな笑顔を浮かべていた。
未来を見据え、国の行く末を案じ、弟を思い出して優しく笑んでいた王女が、今、目の前で鞭を掴んでいる女と同じ人物だとは、アルには信じられなかった。
(瞳の色が違う)
リンがメイリンと結びつかなかったのはそれが大きかった。髪や肌の色は変えられても、眼の色は変えられない筈だ。ナターシャと同じく、魔の影響を受けたためかもしれない。
今までメイリンがその素性を知られずにいたのもそれが大きいだろう。
ファントン国の王族は、王と王妃は処刑され、残された姫と王子の姉弟は、王位を剥奪、奴隷として生きることを許された。しかし、逃げようとした当時十二歳のファントンの王子はウォーレッドの兵士により殺されたという。
「あなたが本当にメイリンならば、自国を滅ぼし、家族を殺されたウォーレッドの王族を憎むのも頷ける。だがなぜ、マディウス王や僕を憎む?」
メイリンは腕を組み、呆れ顔でアルを見た。
「……マディウス王は父上との約束を破った。父王はウォーレッドの侵攻をいち早く知り、友好国であるメイクールに助けを求めた。マディウスは、メイクールへの秘密裏の亡命を承諾してくれた。父は喜んでいた」
アルは、固唾を飲んでメイリンの話を聞いていた。
メイリンはわなわなと震え出し、再び怒りが吹き上げていた。
「だが……、メイクールから来るはずの助け船は来ず、私は父と母と共にウォーレッドへと連行された! マディウスは裏切ったのだ! ウォーレッドに逆らうのが恐ろしくなったのだろう。下手をすればメイクールまでウォーレッドの敵に成りかねないからな。だから、マディウスは……、私の父を裏切った!」
「そんな――」
アルの声は震えていた。
「そんな筈はない。マディウス王は、父上は裏切ったりなどしない、そんな方ではない!」
アルは、最後の方は、しかし完璧な自信を持ってはないなかった。
(父は人を裏切るような方ではない)
それは間違いない。
しかし、父は立派な人だが、一国の王なのだ。父にはメイクールの民を護る義務がある。そのためならば裏切ってもおかしくはない。
考え込み、アルは俯き黙ってしまった。
パティはアルが心配になり、彼の傍に駆け寄りたかったが、カーネリアを放っておく訳にはいかなかった。
「その後のことは思い出したくもない。父と母はウォーレッドの王の前で処刑され、私は、薄汚い貴族の男の屋敷に奴隷として売られた」
メイリンは、奴隷として生きていた日々を思い出し、歯をぎりぎりと噛みしめた。
奴隷としての日々はメイリンには耐え難い屈辱と苦しみだった。
「私は、王となるべく生を受けた! それなのに、私は奴隷となった……。毎日、休む間もなく働かされ、そしてあの外道のような男はー」
メイリンは貴族の屋敷で働いていた時、仕えていた主の男までもを思い出し、わなわなと肩を震わせた。
「それもこれも、父との約束を裏切ったマディウスのせいだ……!」
「例え、父があなた方を裏切ったのだとしても、それは、自国を護るためだ」
「だから許せとでも? アルタイア、お前は死んだ私の弟にも同じことが言えるのか? あの子は、何の罪もない。王族だったが、王として生きる訳でもなかった。マディウスが助けを出していれば、あの子は死なずにすんでいた! まだ12歳だったのに……。殺してやる、アルタイア。私のため、私の死んだ家族のために!」
メイリンの左腿の石が鈍い光を発し始めた。
メイリンは鞭をしならせ、アル目掛けて振り上げた――。
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