40 しるしの意味

「さすがね、ネオ。益々あなたのことを欲しくなったわ」

 リンは魔物を倒されても高圧的な態度を崩すことはなく、腕を組んでネオの戦いぶりに感心しながら言った。

「欲しくなった?……あなたは美しいですが嬉しくないですね」

「あら、そうなの? 残念だわ。私はずっとあなたを思っていたのに」

 リンは心底残念そうにため息を零した。


「ネオ、私たちの仲間になって。そうすればこの子は返してあげる」

 リンはナターシャの肩に手を置いた。しごく優しい、まるで妹にするような仕草だった。

「仲間、だと……?」

 ネオは戸惑いと怒りに思わず敬語を忘れたが、リンは気に止めなかった。

「ええ、そうよ。あなたの力が必要なの」

 リンは柔らかな笑顔だった。


「あなたは選ばれた人間なのよ。があるでしょう?」

 ネオは訝し気に眉をひそめる。

「しるし……それが何だというのですか?」

「ネオ、それは単なる飾りだと思っているの? 継承者なのにそんなことも知らないのね」 


 リンはネオの首元を指差し、次いで、おもむろにスカートの裾をつまみ上げ、左腿を晒した。

 ネオは何をする気だ、と緊張したが、彼女の左腿の透明だが微かに青みを帯びた石が嵌っているのを見せられただけだった。

 

 ネオは眼を見張った。

 その石の大きさは直径2センチほどで、輝きを放っている訳ではないが、神秘的な静かな光に守られた美しい石だった。

 その石の名称さえ知らない。それは、いつからかネオの首元にも嵌め込まれていた。

 それは母がしるしだと呼んでいる、継承者の証だった。


「あなたにもあるのでしょう、この石が」

 リンはその面に笑顔を浮かべていた。しかしその顔は美しいとは言い難く、まるで笑顔の仮面を被り、張り付けたかのようだった。


 ネオは知らず、己の首筋に手をあてた。

 そこにはリンと同じ石が埋まっている。ネオは普段、その石を人目に晒すことはない。着る服や舞の衣装も首元が隠れるもので、家族やごく一部の使用人しか彼の石のことは知らないのだ。 しかしリンは知っていた。リンはナターシャを操っている。ネオの石のことを知っていても不思議ではない。


(いや、今はどこでこのことを知ったかじゃない。そもそもこれが何なのか、私は知らない。リンは知っている……?)


「教えてあげましょうか、この石がなぜ、私たちの身体に埋め込まれているのかを」

 リンはネオの疑問をするりと口にした。

「あなたはその理由を知っているのですか?」


「勿論よ。これはね、神々が特別な人間を選んだ証なのよ」


 リンは唇の端を持ち上げた。

「神々はね、七大陸に住む人間の中からそれぞれ一人を選び、このしるしを与えたの。これを持つ者は神に特別な力をも与えられた。だからあなたも私も、強い力を手にしているのよ」


(神々に選ばれた人間……?)

 パティとアルは口を出さずに聞いていた。

 パティは天に住んでいた天使であるが、そんな話は初めて聞いた。


「なぜ、神は人間に力をお与えになったのですか?」

 黙っていたパティはリンに訊ねる。

「地上を護るため、また天を護るためであるらしいわ」

 リンは肩を竦める。


「私もそれ以上のことは知らないの。――こちらが話したから、今度はネオが答える番よ。私はロベート・ガラ家に代々伝わる、神具と呼ばれる宝物ほうもつの在処を探しているの。カーネリアに聞いても言わないから、困っていたのよ。その在処を教えて。それから、仲間になるかどうかの返事もね」

「リン様はおかしな方ですね。私が仲間になどならないとわかっていてそんなことを聞くのですから。それに私は宝物の在処など知りませんよ。私は継承者にはなっていませんからね。そんなこと、聞いていません」


「そんなことを言って、ナターシャがどうなってもいいの?」

「あなたはナターシャを殺さないでしょう。でなければ人質の意味はなくなります」

「それはどうかしら。人質なんて、私にはいてもいなくても、どちらでもいいのよ」

 リンは、そっと微笑んですらいた。

 その氷のように冷たく艶っぽいリンの微笑は、男たちが見れば、目を奪われるほど魅力的な笑みであった。

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