36 ネオとの会話

 自室に入り、ネオは窓辺に立った。深いため息をつき、何気なく窓の外を眺める。

 夜の闇が支配しているが、月明かりは庭園を美しく照らしている。


 ネオは自分を産んだ母、カーネリアのことを考えていた。

 ネオが跡取りということもあり、カーネリアは他の兄弟たちよりも厳しく育てた。

 厳しく、体裁を気にする母をネオは嫌っていた。嫌い、という言葉では生温い。嫌悪しているといった方がいい。


「あなたには才能があるのです」

「ロベート・ガラ家を継がなければなりません」

 まるで呪いのように、それらの言葉はネオを苦しめた。


 舞には幾つかの種類があり、全て複雑な動きが多く、それら全てを覚えることは、いくら才能があるネオでも困難だった。

 少しでも間違えれば、幼いネオの頬に、容赦なく母の平手打ちが飛んできた。

 今は全ての舞を完璧に覚えているネオに対し、母が舞いを教えることはなくなり、ネオに対し、厳しさは薄れてはいたが、あの頃の母を思い出すと、憎しみすら沸き起こる。しかし、彼女に逆らいきれない自分がいることも確かだった。


 舞の稽古は続け、披露の場があれば行き、またネオは母の屋敷で暮らし、時にはカーネリアの言う通り、王の機嫌を取ったりもした。


「本当の私は何がしたい……?」

 ネオは、一人きりの部屋で吐き捨てるように言った。



 そのすぐ後、部屋の扉をノックする音がした。

 ネオは訪問者の予想がついていた。

 家族がこの時間に部屋を訪ねることはまずないので、客人二人のどちらかだろう。


 扉を開くと、そこにはまだ幼さの残る、しかし目を奪われる容姿の二人がいた。

蜂蜜色の瞳と髪をした若い王子と、七色に見える瞳をし、背から翼を生やした、可愛らしい天使だ。

「ネオ、疲れているところすまないが――」

「アルタイア様。先ほどは失礼いたしました。そのことなら気にする必要はありません」

 ネオは自分よりも年下であろう王子に、丁寧に言った。


「いいえ、ネオ、ナターシャのことなのです」

 そう言ったのはパティだった。

「ナターシャ? とにかく、中に入ってください。声が響きます」

 二人はネオの部屋へと入った。


「ナターシャがどうかしましたか?」

「気を悪くしないで聞いてくれ」

 と前置いてから、アルはパティに話すよう促す。


「……あの、ナターシャは本当にあなたの妹なのですか?」

「それはどういう意味ですか? ナターシャが違う父親か母親の子だとでも?」

 ネオは不信感を露わにし、腕を組んだ。

「ナターシャは、魔のものの気配がします。あの子は人ではありえない、重苦しく、嫌な空気を纏っています」

 話している最中、みるみる内にネオの顔が強張っていくのが分かり、パティはぎゅっと手を手で手を覆った。


「本気で言っているのですか?」

 ネオは怒りよりも呆れの方が大きかった。

「ネオ、落ち着いてくれ、パティはただ伝えてくれているだけだ。危険が迫っているかもしれない。だからー」

 アルは顔色の変わったネオの肩に触れ、落ち着かせようとするが、ネオはその手を払い、アルでさえもキッと睨んだ。


「何を馬鹿なことを。落ち着けと言われても無理な話ですよ。妹を蔑まれて平然としていられますか。もういい、ここから立ち去ってください。でなければ私の怒りの収集がつきませんので」

 ネオは怒りに顔を歪ませ、パティとアルを扉の方まで押していく。


「ネオ、信じてください! わたしは、わかるのです。魔の存在が――」

「いい加減にしてください。アルタイア様、パティ様とはいつからお知り合いか知りませんが、簡単に彼女を信じるといつか痛い目に遭いますよ」

 ネオはパティのいうことを遮り、冷たく言った。

 ネオは蔑んだ目をし、しかしその目を誰にも見せたくないようで、目を伏せた。


「ネオ、パティは嘘をつくような子じゃない」

 アルはきっぱりと言い、そのあまりにはっきりとした言い方に、ネオは考えを改めたくなったが、やはりできなかった。


「……今日はもう、お二人とも部屋でお休みください。私も一人で過ごしたいので、ここまでにしてください」

 アルは、わかった、と言い、パティの背を押して扉の向こうへと消えた。

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