35 ネオとカーネリア

 ネオの母、カーネリアは、若草色のドレスに身を包み、口元に手を当てて上品に笑った。

 白髪交じりではあるが手入れがされた紫色の髪を結い上げ、背筋をぴんと伸ばして座っていた。


「そうでしたか、アルタイア王子。王子であるあなたが船の帆を畳むなんて大変でしたわね」

 食事はあらかた済ませ、二人は談笑をしていた。


 ナターシャや、フレデリカ、アランも少し前までいたが、食事を終えて先に自室へと行っていた。パティが来る前にナターシャが部屋へと行ったので、アルは内心ほっとしていた。


 アルは煮込みスープとサラダだけを食べ、今は飲み物だけを口にし、ロベート・ガラ家の女当主、カーネリアと向かい合って座っている。


「いいえ、カーネリア様。大変な作業でしたが面白い部分もありました。船乗りの気持ちを少しは理解できたかもしれませんね」

「まあ、メイクール国の王子ともあろう方が、船乗りなどと――」

 カーネリアは身分や家柄を重視する類の人なのでアルのしたことを理解できなかったが、アルの人に好かれる性質が彼女の機嫌を良くしていた。調子が悪いとのことだったが、そうとは思えないほどしっかりとした口調ときちんとした身なりをしていた。


 ネオの父である前当主はネオが十四の頃に病で倒れ、あっけなく亡くなった。主人亡き後のロベート・ガラ家の当主となったカーネリアは、幼い子供たちを厳しくしつけ、立派に育ててきた。


 首回りと指に大きな宝石をつけていたが嫌味たらしくなく、細身で長身のカーネリアを美しく彩っていた。

 カーネリアは四十代後半だが、年よりも若々しく、また屋敷の当主らしい女王のような風格を見せていた。   


 パティとネオがノックの後にダイニングルームに入ってきた。

「パティさん、お座りになってください」

「はい、カーネリア様、お邪魔させていただき、感謝いたします」

「具合はもうよろしいのですか?」

「少し休んだら大分良くなりました。ご心配をおかけしました」

 パティはふわりとした裾の、薄い黄色のドレスを身に纏い、ドレスの裾を軽く持ち、礼をした。

 ドレスはふんわりとしていたので、翼を出す穴をあけずに済んだ。


 パティは椅子に座り、食事のテーブルに加わった。

 パティは食欲はなかったが、少しは食べなくては失礼なのだろうと思った。


「この屋敷は古いですが由緒ある家系と家柄で、長い間、王家を支えてきました。とても名誉あることだと思っています。それに代々受け継がれてきた舞も、跡取りのネオによって、更に後の世にも広がっていくことでしょう」

 カーネリアはアルを気に入ったので、アルに向けて話していた。

 アルは、「それは素晴らしいことですね」と相槌を打つ。


「母上、おやめください。客人にそのような自慢話は。それに私は家を継がないと何度も申しています。舞の継承なら他の兄弟にさせればいいでしょう」

 ネオは冷めた目と口調をし、ため息交じりに言った。

「ネオ、またそのようなことを言って……。あなたが、家を継ぐのです。しるしを持っているのはあなたなのですから」


(また、しるし――?)

 アルは口を挟んでそれについて聞きたかったが、カーネリアとネオは和やかな雰囲気ではなかったので、黙っていた。


「でしたら家の存続など諦めるのですね。私にそのつもりはありませんから」

「ネオ! 我が家系に伝えられる舞いは、国を救ったとされるもの。途絶えさせる訳にはいかないのです」

「またその話ですか」

 ネオはうんざりした顔をした。


 ネオは幼少の頃から舞を習ってきた。

 来る日も来る日も、厳しい稽古をつけられてきた。しかしその甲斐あって、ネオの舞はいつしか国中――、いや、世界にも知られるほどのものへとなっていた。

 父は亡くなったが、全ての舞の技術はネオが引き継いだ。兄弟たちも習ってはいたが、舞の足運びは独特なものが多く、ネオの技術には遠く及ばなかった。


「国を救ったなどと、戯言たわごとはよしてください。魔のものなどどこにいるというのですか? そんなもの、私は一度も見たこともありません。御伽噺おとぎばなしの類にすら思えますね」

 ネオの辛辣な言葉に、カーネリアは不機嫌な顔つきになった。

 ネオは食事もそこそこに、冷たい表情のまま立ち上がり、その場から立ち去ろうとした。


「いいえ、ネオ――」

 ネオの後ろ姿に向かい、声をかけたのはパティだった。

 張り詰めた空気を破るように口を開いた天使はいつもと同じ穏やかな口調だったが、真剣な瞳だった。


「魔のものはいます。わたしたちの前に姿を見せなくとも、すぐそこに生きているのです」

 ネオもカーネリアも、愛らしい天使がそんなことをいうとは思いもしなかったので、驚いていた。

「……ならば目の前に現れて欲しいものですね」

 ネオは笑みを刻んだ。

「アルタイア様、パティ様、すみませんが先に休ませていただきます。母との食事はいつもこうなのでお気になさらずに」

 ネオはそう言い、ダイニングルームを出て行った。

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