34 能力の告白
「パティ様、具合でも悪いのですか?」
ネオもパティの近くに寄り、彼女の顔色を確認する。
「旅の疲れが出たのでしょうか? 部屋でお休みになりますか?」
フレデリカがそう言ったので、パティは、はい、と言った。
混乱していたし、アルに状況を説明もしたかったので、その申し出はパティには有難かった。
「ではメイドに部屋を案内させますね」
「アル、あの……一緒に来てください」
「あら、パティ様。甘えていらっしゃるの? 一人では心細いのかしら」
パティは子供のように不安がっていると見え、フレデリカはくすりと笑ったが、アルはパティが心配だったのもあり、彼女の肩を支えてから頷いた。
客室まで召使いが案内をし、部屋につくとパティはソファに座った。
召使いがいなくなった頃、「パティ、少し休んで」と言い、アルが部屋を出て行こうとするのを、パティは腕を掴んで止めた。
初めて会った時と同じ、真っすぐな七色の瞳に、アルは吸い込まれそうな感覚がした。
「アル、わたし、お伝えしたいことがあります」
そう切り出したパティは、アルが想像していなかったことを口にした。
「・・君は魔のものが近くにいるとわかるのか? その存在を認識できるのか?」
アルはパティが言った言葉を繰り返した。
パティの突然の告白に、自分なりに頭で整理するためかもしれない。パティが頷くと、
「凄いな。天使はみんなそうなのか?」
アルは素直に感嘆した。
「天にいる天使は魔のものに会ったことがないので分かりませんし、地上ではまだ他の天使に会ったことがないので確かめていませんが……」
「待て、パティ。君が魔の存在を認識できるなら、魔の方もそうなのか? 例えば姿が見えなくても、天使がいると分かるのか?」
「あ、そういえば、わたしが攫われた時、翼は隠していたのに魔族はわたしが天使であると分かっていたようです。ですから、多分、魔族も天使の存在を感じるのだと思います。アル、それで、お話したいのは、ナターシャのことです。あの子からも魔のものと同じ気配がしました」
アルはパティの後半の言葉に、まさか、と呟いた。
「ナターシャは人間の女の子だ。何かの間違いじゃないのか?」
「わたしも、そうも考えました!……でも、間違いありません。それも、何というか、通常の魔のものよりも嫌な感じがしました」
「そうか……、分かった。後で、折を見てネオに話してみよう。今は屋敷を出ることはできないから、騒ぎ立てるのはよそう」
一度言葉を切り、アルはパティに向かい、両肩に手を置いた。
「いいか、パティ。一人になることやナターシャと二人になることは避け、普通にしているんだ。仮にナターシャが魔のものと関わりがあるとしても、そのことは隠しているようだから、他の家族の前で襲ってくることはないだろう」
「――はい。わかりました」
不安ではあったが、アルに話せたことでパティは気持ちが楽になっていた。
とくん、とパティの胸が波打った。
(アルはわたしのことを信じてくれている。だから大丈夫)
パティは心から安堵した。
本当は不安だった。
何か証拠がある訳ではないのに、果たしてアルは自分のいうことを信じてくれるのか。
しかしアルは、何の根拠もないパティの言葉をすんなり受け入れた。
魔のものが近くにいるとしても、心を強く保っていられる、とパティは確信した。
(アルは逞しい心をくれる人だ)
パティは、ぎゅっと、心臓の前で自分の両手を重ねた。
アルに見守られながら体を横たえたパティは、すぐに寝入ってしまった。体の疲れもあっただろうが、精神的な疲れの方が大きかった。
眠りに落ちたパティは、しかし目覚めるとそこにアルの姿はなく、代わりにネオが近くのソファに座り、本を読んでいた。
「……ネオ? どうして――?」
パティが目覚めるのと見ると、ネオは読んでいた本から視線を移した。
「お目覚めですか、パティ様。アルタイア王子は少し前に夕食に行きましたよ。王子は立場上、それを断ることは失礼なので、私にあなたを見守っていて欲しいと頼みました。あなたを一人にするのが心配なようです。訳は言ってくれませんでしたが」
屋敷の窓にはもう夜のとばりが降りていた。
「そうですか。アルが――」
パティはあからさまにがっかりしていた。
(アルにそばにいて欲しかったのに)
パティは目を伏せてため息をついた。
ネオはパティのその態度に、多少むっとした。
自分が現れるだけで街では注目され、女性たちに騒がれる存在であるというのに、がっかりされるとは。
「ネオ、アルのところに連れて行ってください」
パティはネオに顔を近づけ、大きめの声で言った。
パティの瞳はとても珍しい七色にも見える瞳で、ネオは数秒、魅入っていた。
よくよく見れば、パティはとても整った綺麗な顔立ちをしているな、とネオは考えた。
しかしまだ十代前半であろう彼女は、いかんせん、幼すぎる。天使と恋人になれば遊び人冥利に尽きるが、どう見ても妹のようにしか思えない少女と恋愛をする気にはなれなかった。
「ええ、勿論です。あなたが目覚めたら夕食に加わるつもりでしたから。起きたばかりでお腹は空いていないと思いますが、少しで良いので召し上がってください。そうでないと母の機嫌が悪くなりますので」
ネオは考えていることを顔に出さずにさらりと言った。
「お母上は体調は大丈夫なのですか?」
「ああ、あの人は異国の王子が来ると知り、具合の悪さもふっ飛んだようですよ」
ネオの言い方には棘があった。
それはどういうことですか、と言おうとして、パティは黙った。
急に、ネオはパティの目の前に、ふわりと裾が広がった、薄い黄色のドレスを広げて見せたのだ。
「夕食の前にこちらのドレスにお着替えください。あなたに似合いそうなものを召使いに用意させました。その格好では母は納得しないでしょうから」
「ネオ、この服はアルに貰ったもので、動き易くて気に入っています。どうして駄目なのですか?」
「時と場合というものがあるのですよ。あなたもアルタイア王子の傍にいるならそれを理解しないといけませんね」
諭すような話し方のネオに、反論する替わりに、そういうものなのですね、とパティは素直に納得した。
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