33 ロベート・ガラ家の人々 後半
馬車は少しの間走り、大きな屋敷の門の前でパティとアルを降ろした。
屋敷はレンガ作りの洋館で、古いが歴史の感じられる屋敷だった。
庭園には木々や、手入れされた花畑があり、本館の少し離れた所には、木製でできた舞の稽古場や召使いたちが寝泊まりする別邸もあった。
ネオは、二人が屋敷へ到着するほんの少し前に帰宅したばかりだった。
彼は何食わぬ顔で帰宅し自室で着替えた後、アルとパティを出迎える準備をする。
二人が寝泊まりすることは屋敷の従者が母親に報告しているので心配はいらないが、ラスティル王に直接頼まれたのはネオ自身なので、面倒だが、やはりその場にいなければならないだろう。
その頃屋敷に着いたアルたちを出迎えたのは、執事と召使い、それにネオの姉フレデリカだった。
「はじめまして。長女のフレデリカと申します。母が体調が悪いもので、わたくしがお出迎えいたします」
フレデリカは美人だが、口調がきつめのせいか、人を寄せ付けない雰囲気があった。
ネオと同じ紫色の髪をしており、髪を束ねて下の方でリボンで結び、胸の前に垂らしていた。
執事たちの後に続き、パティとアルは洋館のエントランスホールから、ラウンジへと通された。
広々としたその部屋はソファや椅子が並び、額に飾られた絵や置物などが飾られていた。
そこにはソファに腰を下ろし、紅茶を飲みながら読書をする青年がいた。
「アラン、あなたいたの?」
「あれー姉さん、お客様ですか?」
ネオに似た声をした、彼よりも少し年下らしき青年が、パティたちを見て僅かに頭を下げた。
耳が隠れるほどの長さのアランの髪は、軽くパーマがかかっている。
アランはネオに似た風貌だが、彼より細身で、ネオのきびきびとした印象とは違い、この青年はのほほんとした雰囲気だった。
「アラン、あなた、その話し方はやめなさい。すみません、アルタイア様。行儀の悪い弟で……。アラン、ご挨拶しなさい」
「アルタイア様、パティ様、はじめましてー。僕は次男のアランです」
アランはやはり、のほほんとした口調で言った。
「アラン殿も舞われるのですか?」
「いいえ、僕は踊れません」
アランはまだ笑っていたが、その言い方は決してすっきりとした物言いではなかった。
「僕には残念ながら才能がなかった。舞の足運びすら満足にできなかった・・しかし母は始めからわかっていたようです。何せ、僕には
アランは肩を竦めてから、両手の平を上に向けた。
その言い方から、飽きめざるを得ない現実があり、本意ではない様子だった。
アランの話し方は、一国の王子を前にする態度ではなかったが、アルは特別気に止めなかった。
気になったのはその内容だ。
(しるし?)
「アラン、その話は他言無用よ」
フレデリカは慌てて、弟の話を遮った。
「あの、しるしとは何ですか?」
しかしその空気を読まず、パティは首を傾げて訊ねる。
「申し訳ございません、アルタイア様、パティ様。これ以上は言えません。母の言いつけなのです」
パティは、そうですか、と頷いた。
「ああ、ここにいましたか、お二人とも」
話が途切れた丁度良いタイミングで、ネオは服を着替え、自室からラウンジへとやって来て、にこやかに言った。
隣には小さな少女を連れている。
「ネオ、あなたは疲れているでしょう? アルタイア様たちのお相手は私がするから、あなたは休んでいていいのよ」
姉はネオが今まで何をしているのか知っているように嫌味っぽく言った。
フレデリカはいつもネオにあたりがきついので、ネオは気にしなかった。
「いえ、姉上。私は大丈夫です。お気遣いなさらずに」
ネオの隣にいた少女は淡い黄色のドレスに身を包み、金色の髪は胸の長さのウェーブパーマだった。
少女はネオの背後に立ち、彼の腕に掴まって、ちょこんとお人形のような顔を出している。
「可愛いお姫様、こちらはメイクール国の王子、アルタイア様とお連れのパティ様だよ。さあ、ご挨拶をして」
ネオが少女の背を優しく押すと、少女は一歩前に出て、ドレスの裾を持ち上げ、頭を僅かに下げた。
「ナターシャと言います。はじめまして」
少女の年は8歳で、ネオとはあまり似ていないが、大きな瞳がくりくりとしていて愛らしい。
「ナターシャは一番下の妹です。8つになったばかりですよ」
ネオはナターシャを見る時は、父親のように温かい瞳に変化していた。
ネオにとってナターシャは心のオアシスのような存在だった。
「可愛らしい方ですね。本当にお姫様みたいです」
パティは近付いて、屈んで小さな少女に声をかけた。
(え――?)
その時、見えない大きな波にぶつかるように、独特の重い空気を感じた。
(これ……まさか、魔のものの気配?)
ぼんやりとした感覚ではない。
それははっきりとした、少女を取り巻く黒い影のような重たい感覚だった。
ナターシャの近くに寄るまではわからなかった。
そのことから、普通の魔のものとは少し違うのだと予想できた。
だが確実に、魔に関わっている。それははっきりとしていた。
パティは魔の臭気に当たったように、頭がくらりとし、その場でよろめいた。
今までになく嫌な感じがした。魔族を前にしてもここまでの嫌な気配はなかった。
倒れかけたパティを、隣にいたアルが慌ててその腕で支える。
「パティ、どうしたんだ?」
アルは正面からパティを受け止め、パティは彼の胸に体を預けるようにして寄りかかった。
アルが心配そうにパティの顔を覗き込む。
けれどパティは何も言えなかった。
何をどう説明していいかもわからないし、その場の誰も少女の違和感には気づいていないのだ。
ナターシャはきょとんとした表情を浮かべ、パティを見つめた。
パティは思わず、その目を反らしてしまった。
(どうして、こんな愛らしい子が……きっとわたしの間違いです)
パティは頭を振った。
魔のものの筈はない。ナターシャは人間のネオの妹だ。だからそんなことあり得ない。
パティは、眩む頭で必死に考えを巡らせ、七色に光る瞳を開き、答えを見出そうと足掻いていた。
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