30 ラスティル王の提案 前半

「またお会いしたいと思っていました。あの時は失礼いたしました、パティ様、アルタイア王子。アルタイア様はメイクール国の王子様でしたのね。どうりで気品に溢れていると思いましたわ」

 リンは口元に手を置き、アルとパティを交互に見た。


 アルは違和感を覚えた。

 彼女はまるで驚いているというふうではないからだ。


(知っていたのだろうか?)

 王子である自分の身分を。だとすればなぜ知っていたんだ?


「リン、君がラスティル王の信頼している方なのか?」

 まさか、と思いつつ、アルは他のことを口にする。

「ええ。意外そうですわね」

 リンはくすりと笑い声を立てた。


 王は心から信頼している者、と言っていた。

 アルはそれは宰相のノートイのことだと思っていた。

 それなのに、町で踊っていた娘が現れるとは意外もいいところだ。


「いや・・すまない。想像していた方とは異なっていた」

 動揺を隠せなかったので、アルは心の声のままに言った。

「いいえ。正直な方ね。けれどそこがアルタイア様のいいところですね」

「彼女は確かに町娘だが、美しいだけではない。賢く、気品すら感じさせる。話しも上手くてな、政治にも通じている」

「ラスティル王、そんなに褒めていただくと、返って嘘臭く聞こえますわ」


 美しく饒舌で頭の良い娘。それに、リンは町娘とは思えない立ち居振る舞いで、歩き方も仕草も優美だった。

 本当にただの町娘だろうか、とアルは疑問に思った。


「さあ、アルタイア王子、旅やメイクールの話は食事をしながら聞かせてくれ。夕刻になってしまう。食事にしよう」

 ラスティルがそういうと執事は機敏に動き、食事の用意を召使いに命じた。


 一行は、大きなテーブルのある部屋へと移動した。

 細長い丸テーブルには豪勢な食事が並べられ、執事はアルとパティに果実の実を砕いて混ぜた  ジュースを、リンとラスティルにはワインを注いだ。

 テーブルに乗っている食事は、とても四人で食べきれる量ではなかった。

 来客のせいもあるだろうが、それにしても豪華すぎる。

 アルはメイクールの王子であるが、これほど豪華な食事は滅多に食べることはない。

 改めて自国との食料事情の差を知るアルだが、ありあまる食事量や贅沢な食事をしたいという欲はアルにはなかった。人を幸福にする料理とは、安い食材でも作り手の愛情のこもった美味しい味付けと、ほどほどの食事量だと知っているからだった。


「パティ様、天の世界ではどのようなことをして過ごしていらしたの?」

「はい。天では、歌い踊り、気のままに、皆それぞれ好きなことをしていました。大抵の天使は歌や踊りが好きで、わたしは、本を読んだり、地の神の元で話を聞いたりするのが日課でした」

「素敵ね。本当に、天世界は自由で恵まれていて、素晴らしいことね」

 リンはワインを口に運び、指を絡ませて言った。

 しかしその言い方はどこか上の空だった。


 会食は滞りなく進み、四人は飲み物を口にするだけになっていた。

 そこでアルはつい、疑問に思っていたことを口にした。

「ラスティル王、今日はエトランゼ様にお会いしていませんが、お変わりありませんか?」

 エトランゼとは王妃の名である。

 アルは、ノートイだけではなく、その場に王妃の姿がないことを疑問に思っていた。


 エトランゼは慎ましやかな大人しい妃だが、いつもラスティル王の隣にいた。それなのに今日は一目も会っていない。

「ああ、まあな。最近はエトランゼは別棟に籠っていてな、最近は私の前にあまり姿を見せない。しかし、元気ではいるようだ」

 アルは、ラスティルのその答えに戸惑った。


 以前はいつも一緒で、仲睦まじかったというのに。

 もしかするとリンが近くにいるせいなのだろうか?

 ノートイが言い淀んでいたのはリンのことだったのかもしれないと、アルは思った。


「ところでアルタイア王子、我が国との契約の話をしたい」

 そこで、ラスティルは前のめりになり、急に眼を鋭くした。

「何でしょうか?」

「あの石を巡る契約のことだ。我が国の言い分としては、こちらの受け取る分をもっと増やせないかと思ってな」

 アルは突如言われた提案に、思わずグラスを落としそうになった。


 あの石というのは、言わずと知れたベアトリクス・ブラッククリスタルだ。

 メイクールとムーンシーの間には、ある取り決めがあった。

 ブラッククリスタルの生産量のおよそ7パーセントをムーンシー国に輸出、その代わり、メイクール国は穀物や野菜等の食料を毎月、定額量を輸入している。作物の育ちにくい北西大陸の人々が暮らせているのは他大陸からの輸入のお陰だ。


「そうだな・・、今までが7パーセントだから、今度は20パーセントは欲しい」

 アルはラスティルの言い分に驚いたが、すぐに平生を装い、蜂蜜色の瞳で他大陸の王を見返した。


「ラスティル王、この旅はあくまで僕の戴冠式への招待の報告です。それに、あの石はメイクールの大切な収入源なのです。七大陸それぞれに配る分量があり、北西大陸だけ増やす訳にはいきません」

「いや、わかっているぞ。他大陸へ輸出する分を減らさずとも、自国の分量を減らせば済むはずだ。違うか、アルタイア王子?」

「いいえ、ラスティル王、他大陸への分量を減らせないことと同じように、我が国の分を減らすことはできません。我が国の民を守るためには必要な分量です」

「強気だな、王子よ。本当に立派になったものだ。しかし、マディウス王は愛する息子のためならば私の言ったことを了承するしかないだろう?」

 アルは脅しともとれるその言葉に、心臓が跳ねた。

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