31 ラスティル王の提案 後半
アルは思わず立ち上がり、椅子ががたん、と大きな音が鳴った。
「王、それはどういうー」
「アルタイア王子、これは交渉ではない。今王子は私の手の内にある。この意味がわかるな?」
アルの背中を冷や汗が伝った。
先ほどまで朗らかに話していたラスティル王と、今目の前で自分と対峙している者が同じ者だとは信じられなかった。
アルは裏切られた気持ちでいた。
二人のやり取りを、リンは聞いていない振りをしてグラスのワインを飲み続け、パティは心配そうな顔をしてアルを見ていた。
「そんなに緊張するな、アルタイア王子。パティが心配しているではないか」
ラスティルは天使の少女を憐れむような表情をした。
「ただ私は、マディウス王から交渉を受け入れるという、はっきりとした返事が欲しいだけだ。この状況をマディウス王に伝える使者を派遣する。その者がマディウス王からの返事を持って帰るまで、この国に滞在していてくれれば良い」
ラスティルは、至極当たりの良い言い方で、しかし言葉の奥に、威圧するような態度が見え隠れしていた。
「旅の疲れもあるだろう。今日はネオの屋敷で体を休めろ。いや、暫くの間、そこにいてもらうか。屋敷には見張りを配置する。勝手に屋敷を出ることのないようにな」
アルがラスティルの言葉を聞いている間、リンは心の中で笑っていた。
彼女は、可笑しくて可笑しくて、楽しくて仕方がなかった。
(苦しめばいいわ)
そして、近いうちに全てを奪ってやる、とリンは誓いを立てた。
(アルタイア、王としての未来も、全てー)
リンは闇に光る赤い目を、蜂蜜色の瞳の少年に走らせた。
「アル、大丈夫ですか?」
パティは、七色の澄んだ瞳でアルを覗き込んだ。
アルとパティは、ロベート・ガラ家の従者が迎えに来たので、馬車に乗るため城から外に出ようと廊下を歩いていた。
従者と城の召使いの後を続いて歩いていたが、アルは顔色が悪く、その蜂蜜色の瞳も曇っていた。
「あ、ああ。大丈夫だ。少し考え事をしていただけだ」
アルはパティを心配させまいとして、何とか笑顔を作った。
先ほどの話はパティにもある程度理解はできていた。
しかしブラッククリスタルの価値や、国の間の取り決めの話についてはよくわからない部分もあった。
しかし、ラスティルのいうことを聞かなければアルの身が危険だということは、理解している。
二人はネオの屋敷の従者と共に馬車に乗ろうとすると、後ろから声をかけた男がいた。
「アルタイア王子、少しよろしいでしょうか?」
心配そうな顔でアルに声をかけたのは、丸眼鏡のノートイだ。
「彼と二人で少し話をしたい」
と、従者に告げると、従者はパティだけ先に馬車に乗るよう促し、アルの意図を汲んで、自らは少し離れた場所に立った。
「ノートイ殿、実はー」
「状況はわかっております」
ノートイは、すまなそうに言い、僅かに頭を下げた。
二人は小さめの声で、ひそひそと話し始めた。
「すみません、先ほどのことは、立ち聞きしておりました。気になったもので」
「いや、お気になさらずに。それより、まずいことになりました。ラスティル王は本当に僕を人質にして、交渉を進めるつもりなのでしょうか?」
アルは、神妙な面持ちで言った。
「恐らく・・。しかし王は、このような事をされる方ではありませんでした。こうなったのは、彼女―、リンという娘が現れ、王に近づいてからです。あの方が現れてから、王は変わってしまわれた。慎ましく王妃と二人で過ごされていた日常もなくなってしまった。税収を増やし、最近では理解し難い法律を作ったりと・・」
「ノートイ殿、あのリンという方―、どこかで見覚えがある気がします。もしかすると貴族の出なのかも知れません」
「貴族? そうですか・・。リンのことは私も気になっていましたが、彼女の素性はほとんどわかっておりません。元々は旅人で、ムーンシ―国に来る前から踊り子として生計を立てていたようなのですが。もう一度、調べてみましょう」
「それと、何とか国を出る方法はありませんか? このままではブラッククリスタルを巡って争いが起こるかも知れません」
「ええ、私もそれを危惧しております。アルタイア王子、何とかあなたを国から脱出させる方法を考えます。それまではどうか、ロベート・ガラ家に大人しく滞在なさっていてください」
「すみません、ノートイ殿を巻き込んでしまって。しかし僕には、この国には他に頼れる方はいません」
「わかっています。私はこれでも長年、宰相を勤めております。秘密裏に動くこともできます。王も、このことは、他大陸に漏らしたくはないはずです。七大陸の取り決めで、石を巡る独断の交渉は禁じられています。大っぴらにアルタイア王子を拘束しないのはそのためでしょう。そのことから、逃げる準備は整えられる、と私は考えています」
ノートイは、人の好さそうな笑顔を作った。
そこで、黙っていた屋敷の従者が、そろそろ馬車に乗ってくださいと、アルを呼びに来た。
「アルタイア王子、どうか、くれぐれもご無理をなさらずに」
ノートイは最後に、アルにそう耳打ちした。
アルは感謝を込めた礼をし、馬車に乗り込む。
馬車は、扉が閉まるとカタカタという音を立てながら、ゆっくりと進んで行った。
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