28 ネオ・ロベート・ガラ 前半
「ああ、変わりないぞ。むしろ、元気になっているくらいだ」
アルの問いかけに、ラスティルは大きな声で笑ってみせた。
ラスティルは三か月ほど前に五十を迎えた、肩までの銀髪をした芸術を愛する穏やかな王だった。
「本当に、お元気でなによりです。先ほど街を歩いていましたら、王のように活気に溢れておりました」
「そうだろう。ある者の助言もあり、国の方針を少し変えたが、やはりいい方向に向かっているようだ」
「ある者、ですか?」
「ああ。それに、最近、調子がとても良くてな。以前患っていた病もどこかに消えたようだ」
アルの問うた者のことは言わず、ラスティルは違うことを言った。
「時に傍に控えている娘は何者だ、アルタイア王子?」
「ラスティル王、はじめまして。天使のパティと申します」
パティは深く頭を下げ、片方の足を後ろへ下げた。
「天使か? これは珍しい。幸福の象徴である天使と共にメイクール国の王子が訪れてくれるとは吉報だな」
ラスティルは明るく言った。
(気のせいかしら?)
パティはなぜか胸が騒めくような違和感を覚えていた。
それはほんの僅かな、雫一滴のような微かな感覚で、パティにもそれが違和感なのかそうでないのか、よくわからなかった。
それに、その違和感が目の前のラスティルから発せられるものなのか、他の誰かなのかも定かではない。
そのためパティは、そのことは口にすることなく黙っていた。
「実は、今日は客人を招いていてな。せっかくだ、アルタイア王子にもその客人を紹介しよう」
ラスティルが隣に控えた執事に、あの者を呼べ、と小さく言うと、執事はその場を素早く去り、その後すぐに、一人の青年を連れて戻った。
「ラスティル王、お招きいただきありがとうございます」
ラスティルの前、アルの隣に来た青年は片方の膝を折り、もう片方の足は床に足をつけ、頭を下げ、片方の腕は折った膝の上に置いた態勢で跪いた。
立ち居振る舞いから、どうやら貴族のようだとアルはわかった。
青年は民族衣装のような格好だった。
袖は大きく広がり、広がったところに孔雀の刺繍が縫われ、またズボンの布も広がるよう作られ、スカートのようにも見えた。
彼が足元に履いているぴったりとした布製の黒い靴にはビーズが縫い付けられ、美しい。
それは舞を踊る際に履く靴で、動きやすいように作られていた。
「アルタイア王子、この者は、我が王家と古くから馴染みのある、ロベート・ガラ家の跡取りだ。彼は国宝と言われる舞の名手、ネオ・ロベート・ガラだ」
ラスティルの紹介の後に、ネオと呼ばれた青年は顔を上げた。
「メイクール国の王子アルタイア様、またお連れの天使パティ様、私はネオ・ロベート・ガラと申します。お目にかかれ光栄に存じます」
ネオは丁寧に頭を下げ、流暢に言った。
青年は優美な動作が身に付き、礼儀作法を叩き込まれた貴族独特の匂いがした。
「舞の名手のロベート・ガラ家。聞き覚えがあります。その舞には魔物すらねじ伏せる力があると」
ネオはアルの言葉に口の端を少し持ち上げ、静かに笑った。
「それはただの噂ですよ。私の舞にはそのような力はありません。まあ、魔物に出会ったことがないので、私の舞が通じるかどうかはわからないですが」
ネオは紫色の瞳をし、年は二十二歳で大人びた端正な顔立ちをしていた。
薄紫の髪はさらりと長く、一筋頬に垂らし、残りは後ろに紐で縛っていた。
金の細い腕輪と金の輪の耳飾りをつけていた。
話し方は好意的で自信に満ち、踊り手のせいか色気が漂っていた。
そして彼はどこか挑戦的な眼をしていた。
魔物は一国やその城下町にはほとんど現れないのが現状だ。
魔のものが棲むのは国や町から離れた森や林、または郊外に多い、滅びた村や洞窟などの場所に潜伏しているのが現状だった。
ほとんどムーンシー国から出たことのないネオは、魔物の姿もその力も知らなかった。
しかしパティは知ってしまった。
魔族は一見すると人間と区別がつかなかった。
パティのように魔のものを感知する能力がなければ、傍目には人と魔族を見分けることは困難だろう。
国の管理する街などに魔族がいることも十分に考えられた。
「魔物に例え通じることはなくとも、ネオの踊りは一級品だぞ。その舞をまた見たくなってな、今日は城へ来てもらったのだ。ネオはなかなか来てくれぬから待ち侘びていた」
「お待たせしてしまい申し訳ございません、ラスティル王。ですが今日は、久方ぶりに私の舞を楽しんでください」
「ああ、勿論だ。アルタイア王子もパティも、ぜひネオの舞を堪能してくれ。見て損はないぞ」
王は嬉しそうに言い、アルは、はい、といい、パティは、ええ、と頷いた。
アルとパティには観賞用の椅子が用意され、二人がその椅子に座ると同時にネオが中央に進み出た。
ネオは一礼してから笑み、次いで両腕を斜め上に、足を片方後方へ引いた状態のまま、動きを止めた。
演奏者が、ネオの動きを見て静かな音楽を止める。
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