27 ラスティル王 後半
「王に?・・誰だ? 無礼な、王に会いたいなどとー」
一人の兵士は背の剣に手を伸ばし、アルを睨みつけた。
他の兵士もアルとパティをじろじろと見ていた。
「あなたが貴族だとしても王に会うには正式な手続きが必要です」
その立ち居振る舞いなどからアルはただの平民ではないだろうと思い、他の兵士が、不審ながらも失礼のないように言う。
しかしアルたちの格好はごく一般的な旅人の服装なので、兵士らは厳しい表情は崩さなかった。
「僕は北西大陸、メイクール国のアルタイア王子だ。手続きはしていないが、ラスティル王に書物を送り、お会いするため伺うとの意向は伝えてある。正式な王の書簡も持っている。必要ならば見せよう」
「な・・メイクール国の王子・・?」
騒めきだす兵士たち。
「まさか・・」
突然、他大陸の王子の名を口にされ、兵士たちは顔を見合わせ、こそこそと相談し始めた。
「確認したい。本当に、あなたはメイクールの王子なのか・・いや、王子でしょうか?」
その内の一人が、先ほどとは打って変わり、丁寧な口調と態度で問いただす。
「書簡を見ても私には判断がつきません。その書簡を預けてもらえますか?」
アルはおし黙った。
万が一紛失しては大変なことになる。
アルは少し考え、
「では、これはどうだ?」
アルは、腰に差した剣を抜いた。
兵士は一瞬引きつった顔をしたが、アルが見せたかったのはその剣の刀身の部分だ。
兵士は引きつった顔から一転、その黒々とした美しい刀身の剣をまじまじと見つめた。
それは一般に出回っているクリスタルとは全くの別物、クリスタルの中でも一級品、この世の鉱物の中で最も硬いとされる、黒い宝石。
「これはー、ベアトリクス・ブラッククリスタル・・」
その闇のように黒い刀身を見た兵士は、溜息をつくように言った。
それは間違いようのない石で作られた剣だ。
艶のある黒い輝きを放つ刃など他に存在しない。
「この剣はメイクールでも最も貴重な剣、国宝級の品だ」
もう一つ宝石はあった。その耳に穿たれたブラッククリスタルが。
しかしそちらはメイクールの王族以外―、例えば貴族も身に着けることが可能な大きさの宝石だったので、アルは言わずにいた。
兵士たちは跪き、頭を垂れた。
「その剣を持つ者はメイクールの王族のみ。あなたは間違いなく、メイクールの王子、アルタイア様だと確認いたしました。城の中へご案内いたします。先ほどの無礼をお許しください」
「いや、いい。こちらも急な訪問を詫びたい」
アルは人好きのする笑顔で言うと、兵士は安堵の表情を見せた。
跪いた兵士の内のもう一人は、改めてパティを見て、
「そちらの方は、どなた様ですか?」
パティを見て、兵士が問う。
「彼女は心配いらない。共に連れて行く」
「わかりました。こちらへどうぞ」
兵士たちは道を開け、跳ね橋の向こうへと渡ることができたアルとパティは、そのまま一人の兵士の後に続き、城の中へと入る。
「アルタイア様。お久しぶりです。覚えておいでですか? ノートイです」
城の中を進んで行くと、一人の男が現れた。
深く頭を下げた男は、多少疲れた顔をしていた。
ノートイはもう十年以上前からムーンシー国の宰相を務めている。
年の頃は四十過ぎ、丸眼鏡をかけ、知的な顔をしているが髪の毛は無造作に伸び、少し乱れ、だぼっとした羽織りを着ていた。
「ノートイ殿。もちろん覚えています。急な訪問に関わらず、お通しいただき感謝いたします」
アルは張りのある口調できっぱりと言った。
「アルタイア様。ご立派になられました。マディウス王もお喜びでしょう」
アルタイアはパティの背を軽く押し、ノートイの前に進ませた。
促され、パティは丁寧なお辞儀をした。
「パティと申します」
と言った。
「可愛らしいお連れ様ですね」
ノートイは人の良さそうな笑顔を見せた。
三人は歩きながら王のいる所まで進み始めた。
「彼女は天使です。共に旅をすることになりまして」
パティはアルの言葉で、ここでは天使と言っていいのだと知った。
しかし、どこで隠し、どこで天使だと言っていいのかパティにはよくわからなかった。
「天使様でしたか。ああ、なるほど、言われてみれば背中が膨らんでいますね」
「ええ、普段は天使であることは隠していますので、見えないようにしています」
パティがいうと、ノートイはふむふむ、とパティの背をちらと見た。
「ラスティル王はお変わりありませんか?」
「ええ、元気にしていますよ。ですがー」
と、何か思い当たる節があるように、ノートイは顔を曇らせた。
何か言おうとしたが、そこで三人は玉座の間へと到着した。
玉座には数人の召使いと執事、警護の兵士の他に、演奏をする少数の演奏者がいた。
演奏者は、それぞれパティが見たことのない楽器の前に立っていたが、今は、横笛を持つ者が一人で静かな演奏を行っていた。
他の演奏者が持つ楽器は、木目が美しい木の板に弦が張られ、指で弾くと音色が響く弦楽器を持つ者が二人に、竹でできた横笛を持つ者が三人、演奏しているのは内一人、太鼓は地に置いて叩く、大きくよく響くものと、首にぶら下げて叩く小さなものの二種類があり、二人いた。
ノートイは頭を下げてから王の左側に控えた。
アルは礼をして王の正面に進み出た。
「ナグア・ムーンシー・ラスティル王にございます」
控えていた執事が大きめの声で言った。
ラスティルは白いシャツにベルベッドの深い青色のパンツ、同じ色の長いマントを羽織り、細工の美しい王冠を被っていた。
アルがラスティル王と会うのはおよそ二年振りだ。
アルは少し緊張していたが、それを悟られないよう、深く頭を下げてから、笑顔を作って見せた。
「ご無沙汰しております。アルタイアジュノン・ロード・メイクールです。お会いいただけたことに感謝いたします。ラスティル王はお変わりないでしょうか?」
アルは緊張など少しも感じさせない声音と堂々たる態度で言った。
アルの張りのある瑞々しい声は玉座によく響き、若い王子の小気味よい口調にラスティルもまた笑顔を作っていた。
玉座には横笛が少し掠れた、だが伸びの良い滑らかな音を奏で、聴く者を魅了していたが、パティは微かな不安の中でその音色を聴いていた。
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