26 ラスティル王 前半

「パティは馬に乗ったことはあるか?」


 城下町をずっと進んで行くと、周囲は農家が多くなっていた。

 ある農家の馬屋で、馬屋の主人と、数頭の馬を見ながらアルはパティに訊ねた。

 徒歩で移動すると城まで時間がかかるので、馬を借りることにしたのだ。


「いえ、わたし、馬に乗ったことないです。……天に馬はいないので――」

「そうか。では僕と一緒に乗ろうか。主人、二人乗れる馬を頼む」


 主人と呼ばれた男は三十過ぎの、いかつい体格をした青年だった。

「あいよ。この黒毛の馬はどうだ?」

 店の主人は野太い声で言った。

 黒毛の馬は美しい毛並みをしており、立派な体つきだ。

 しかしアルの顔は曇っていた。


「すまないが、多少気が荒くてもいいから、安い馬を貸りたい」

「そうかい。あんたに合っているがなあ。じゃあこいつだな」

 主人は茶色い毛並みの馬を馬屋から引き出した。

 馬は、頭を左右に振り、手綱を荒く引いた。

 主人は手綱を強く持ち、アルに手渡す。

「多少気は荒いが良い馬だぞ。名はトーマス。あんたに扱えるかい?」

「ああ、問題ない」

 アルは優しく馬の横腹を撫でた。

 愛情のある仕草で、馬はブルル、と心地良さそうに鼻を鳴らした。

 二人は主人に礼を言い農家を出る。


 アルは馬のあぶみに足をかけ、馬の背に取り付けられたくらの前部分にすたっと乗った。

「トーマス。数日だがよろしく頼む」

 馬は大人しくしていて、とても気性が荒いとは信じられなかった。


 アルは馬が好きで、乗馬は勿論、好んで自ら馬の世話をしていた。

 馬の扱いには慣れている。馬もそれを感じ、安心しているようだ。

 しかしそれだけではなく、アルはもともと、人や動物に好かれる人間だった。

 その人格や優しい心根のせいなのか、そういう類の人間はたまにいた。


「さあ、パティ。僕の後ろに乗って」

 アルはパティに手を伸ばした。


 城へと続く一本道の林道はもうすぐそこだ。

 林道は整った馬車道で、馬車や馬なら数分だが、徒歩なら数時間は歩かなければならない。


「は、はい」

 パティは馬に乗れることは嬉しいが、初めてなので緊張しながら、差し出されたアルの手に自分の手を重ね、ぎゅっと掴んだ。


 乗り方が下手なので、馬に跨る時に、パティの体はぐらりと大きく揺れた。

 パティが背中から落ちそうになったので、アルはその背に手を置き、彼女の体を支えた。

「あ、有難うございます、アル」


 パティの背中に手を置いたことで、二人の顔の距離は数センチほどになっていた。

 パティは間近のアルの顔を見て、心地良い胸の高鳴りを感じた。


 パティはアルの後ろ側に座り、アルは彼女の体が落ちないよう気を遣いながら、

「しっかり背中に捕まって」

 と、アルがいうので、パティはアルにくっついて背中から手を回した。

 アルは手綱を持ち、慣れないパティのため、ゆっくりとした動作で馬を進める。


 アルは十五歳らしい背丈だったが、パティは、アルのその背中は大きくて暖かいと感じた。


(わたし、どうしたのでしょう……?)


 アルの背にぎゅっと捕まっていると、胸の高鳴りは収まりそうになかった。

 アルは馬の進む方向、林道の周囲に視線を置いていたが、不意に振り返ってパティを見た。


「パティ、見てごらん。馬から見る景色は普段と違うだろう」

「ええ、そうですね。目線が高くなって、新鮮です。アルは本当に馬が好きなのですね」


 アルは頷き、ああ、と言った。

 アルに話しかけられたことで、パティは落ち着きを取り戻すことができた。

 それに馬に乗る楽しさが解ってきた。


 暫く楽しい乗馬をしていたが、林道は終わり、ムーンシー国の城がその姿を現した。


 コンクリートでできた、細長い筒のような形の塔が幾つか端に並び、中央は少し低めの高さになっており、天守には国旗が掲げられていた。

 城というよりは立派な屋敷というふうにも見える。


 城の前の跳ね橋は降りていて、城門の前には兵士が数名見張りをしていた。

 パティたちは馬から降り、アルは兵士の前に進み出た。


「急な訪問で悪いが、ラスティル王にお会いしたい」

 突如、旅人の少年が声をかけてきたかと思えば、その内容に兵士らは一様に不審な顔をした。


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