19 天使の捜索
ロゼスは船乗りと話し、北東大陸に向かう船を手配した。
しかしアルはそこにはいなかった。
船の出航時刻までまだ時間がある。
アルも、この港街カイライで準備を整えるのだろう。
心配せずとも船に乗ればパティはアルに会うことができる。
船を調べ、乗る手配を終えたロゼスはパティを残してきた辺りまで戻ってきた。
「パティ?」
パティはいない。
周囲には人影も見えなかった。
(ふざけるなよ、またか! あいつは何度同じことをすれば気が済むんだ)
ロゼスは激高したい気分だった。
しかし、次の瞬間、彼は考えを改めた。
無造作に落ちている腕輪を見つけた。
美しい細工が施され、珍しい石が一つ嵌め込まれている。
それは左手首にパティが嵌めていたものだ。
(何かあったのか?)
腕輪は自然に落ちるものではない。
故意に落としたか、もしくは予期せぬ事態により、激しく動いたために外れてしまったか。
ロゼスは他の痕跡を探した。
しかし他には手掛かりはなかった。
仕方なく、彼は何の当てもなくパティを探すことにした。
船の時刻もそうだが、パティの身を案じてもいた。
(無事でいてくれ……頼む)
ロゼスは神に祈るような思いを噛み締めた。
ロゼスは、あまり馴染みのない港街カイライで不審な場所や思い当たる場所を徹底的に探した。
だがパティの影も形もなかった。
時間だけが悪戯に過ぎていく。
あと一時間も経たずに船は出航してしまう――。
ロゼスの足は、自然と船着き場の、船の前へと辿っていた。
ここに来てもどうしてようもないが、いつの間にか来てしまっていた。
「ロゼスか? どうしたんだ、なぜこんなところにいる?」
アルは一般人と変わらぬ旅人の格好をしているが、その姿はやはり人目を惹くものがあった。
溢れ出る気品や美しい顔立ちは隠しようがなかった。
ロゼスは焦ってしまった。
あれほど自国の王子を探していたのに、正直今はそれどころではない。
「王子! あ、あの、実はマディウス王とカイル特隊長のご命令で、あなたを探していました」
「そうなのか? なぜだ?」
アルはロゼスの焦りや心配気な様子に気づいていた。
ロゼスはだがどう説明しようか迷っていた。
全てをアルに打ち明けようか、と一瞬彼は思った。
(いや……駄目だ)
理由を知れば王子は俺に協力すると申し出るだろう。
危険が伴うかも知れない、厄介なことに巻き込むことになる。
それだけはできない、とロゼスは俯いて唇を噛む。
「それは、今は詳しくは言えないのですが、王子、乗船を遅らせてもらえないでしょうか?」
アルは思わぬことを言われ、驚いていた。
「たかが兵士がこんなことをいうのは無礼だと承知しています。ですが、俺は、約束したんです。ある方を、王子に会わせると」
アルはロゼスの胸中を察していた。
本当は、その者に何かあったのだ、と。
しかしロゼスがそれを言わないと判断したならば、アルからは何も訊く必要はない。
それが王子たる自分の在り方であり、余計なことに巻き込むまいとするロゼスの兵士としての性分なのだ。
彼の思いを尊重したかった。
それにアルは何より信じていた。
ロゼスは自分の力で解決するということを。
「その方は、王子に会うことを待ち望んでいます。マディウス王もカイル特隊長も、それを了承しています」
「つまり、その者を共に連れて行けということか?」
「そうです。俺は命令でその方をあなたに会わせるためにここまで来ました」
それを聞いたアルは、内心、王たちの思いを図りかねた。
「……これから向かう大陸、北東大陸への船は月に一度しか出ない。乗船を遅らせば他国の王族を待たせることになる。遅らせるなどできない。それは父上たちも同じ意見だろう」
「そうですね。……すみませんでした」
ロゼスは、焦りのあまり自分が口走ったことを後悔した。
「ですが、王子、俺を信じて、船で待っていてください。必ず、あなたをその方に会わせます」
「――わかった」
アルは言われるまでもなく、ロゼスを信じていた。
ロゼスは一礼をし、アルの前から去って行く。
再びパティを探すために。
ロゼスは、アルには会わせると断言したが、当てはなかった。
(くそ、どうすればいいんだ・・?)
ある店先でパティを見かけていないか店主に訊ねた後、やはり何の進展も得られず、店の外でロゼスは頭を抱えた。
「また会ったね」
またも、彼の背後から不意に声をかけた者がいた。
ロゼスはばっと勢いよく振り返った。
その勢いに、クルミは少々仰け反ってしまった。
「なんだお前か」
ロゼスがクルミを見てあからさまにがっかりしたので、クルミはその態度にむっとしたものの、それについては何も言わなかった。
「ねえ、パティ、いなくなったんじゃないの?」
少女は真面目な目をして言った。
ロゼスはそれを聞き、ぎくっとする。
「なぜそれを知っている?」
「実は、少し前にあんたを見つけていたんだ。近くに天使の姿がなかったし、焦ってあんたはうろうろ動き回っていたからね。パティがいなくなったんじゃないかと思って、そこの店主にあんたが話していたことをさっき訊ねたんだ」
「知っていたのか」
ロゼスはクルミに事情を説明した。
「それ……、パティは攫われたと思って間違いないね」
事情を説明し終えると、パティの落とした腕輪を見ながらクルミは言った。
その悪い予想を否定したく、ロゼスは他の可能性についても考えていたが、クルミははっきりと言った。
「まさか」
「いいや、そうに違いないよ。そうでなきゃ、何かあったんだ」
腕輪をロゼスに放って返すと、クルミは腕を組みながら店の壁に寄りかかり、大きな焦茶の瞳を鋭くした。
「いくらメイクール国が平和だと言っても、犯罪は起こる。それにここは港街だよ。良からぬことを企んでいるやつもやってくるし、海賊もいる」
このクルミという少女は幼く見えるが、態度は大きく、話し方も落ち着き払い、知識も長けていた。
実は二十歳を越えているのだろうか、とロゼスは場違いなことを考えた。
「海賊、か」
海賊という言葉にロゼスは先日会ったダンという男を思い出した。
確かに海賊はいた。
しかしダンは人攫いをするような男とは思えなかった。
「人攫いは世界的に見れば決して少ない犯罪じゃないよ。そいつらから見れば、天使は格好の獲物だ。噂じゃ、魔族も人攫いに一枚噛んでいることもあるとか」
ロゼスはごくりと唾を飲んだ。
「もしパティが攫われたのだとしたら……まずいな。船に乗せられればどこへ連れて行かれるか分からない」
クルミは頷いた。
「そう、船が出航すればまず見つけられないだろうね」
「嫌味を言いに来たのか?」
眉根を寄せたロゼスに、クルミは肩を竦めた。
「まさか。ロゼスって捻くれてるね。手伝うって言ってるんだよ、天使を探すこと」
「本当か?」
「うん。あんた一人じゃどうにもできないでしょ」
「なぜ俺を助けるんだ? それほど槍の扱い方が知りたいか? 別の者を探せばいいだけだろう」
「それもあるけど。知り合ったばかりの子が犯罪に巻き込まれたと知って、無視できるほどあたしは薄情じゃないよ。人の好意は素直に受け取りなよ」
クルミは人差し指を立て、口の端を持ち上げた。
「分かった。手伝ってくれ」
人手も欲しいこともあり、ロゼスは納得したように頷いた。
「しかし、お前が加わっても状況は変わらないだろう。俺は不審と思われる場所一帯を探したがパティの影も形もなかったぞ」
クルミは顎に手を置き、少し考える格好をした。
その一瞬後、クルミはにやっと笑い、港の方を指した。
「奴らがパティを誘拐したのなら、必ず海に出るはずだよ。それも今日中にね。犯罪者は危険を回避するためにすぐに船を出したがる。港で待伏せしよう。どんなに隠すことが上手い奴らでも
クルミはにこりと笑い、指をパチンと鳴らした。
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