第670話「イエーラが一部開国し、ウチの国と交易を始めるってそういう事か」

「ちゃ~っす! ご無沙汰してまあす!」


「お久し振りですな!」


ごくごく軽いノリで、宿屋・山猫亭を訪れたリオネルとイェレミアスであったが……

カウンターへ座っていた店主のダニエラ・ビルトとブレンダの母娘は、

びっくり仰天。


「えええええ!!?? リオネルさん!!?? ど、どうしてええ!!??」

「りゅ、竜退治の英雄が!!?? ド、ドラゴンスレイヤーが!!??」


……イエーラへ赴くと言い残し、フォルミーカを旅立ったリオネルが、

アールヴ族の長、ソウェルたる絶世の美女ヒルデガルドとともに、

長きにわたりアクィラ王国を悩ませていたドラゴンどもをあっさり倒した。


国中に広まった英雄譚を聞き、ダニエラとブレンダは大いに驚いてしまった。


その功績で、リオネルとヒルデガルドは、

国王ヨルゲンと宰相ベルンハルドから直接お褒めの言葉を頂き、

開かれた王宮晩餐会において、貴族達へ『英雄』として紹介されたという。

もしかしたら、勲章も授与されるのではないかというもっぱらの噂。


ランクSながら自分達と同じ『平民』冒険者であったリオネルだが、

こうなっては、完全に『違う世界』へ行ってしまった。

もう、しがない宿屋の娘である自分とかかわる事はないのだろうなと、

ほのかな想いを持っていたブレンダは、ひどくがっかりしていたのだ。


それが今、以前と変わらぬフレンドリーさで、彼女の目の前に現れた!!

驚くのも無理はない。


「またしばらくお世話になりたいのですが」


「部屋はふたつ空いておりますかな?」


そんなリオネルとイェレミアスの問いかけに対し、


「は、はい!」

「あ、空いてます!」


ダニエラとブレンダは何とか返事をした。

ラッキーな事にちょうど、部屋は空いている。


「では、都合2部屋、1週間の滞在でお願いします」

「宿泊費は全額前払い致しますぞ」


「わ、分かりました! あ、ありがとうございます!」

「す、すぐ! お、お部屋の準備を致します!」


という事で、部屋に案内され、ひと息ついたリオネルとイェレミアス。


これで滞在場所は確保。

ボトヴィッドへの交渉、フォルミーカの観光、買い物、

そして迷宮探索などを行える。


……久々の再会という事もあり、

ブレンダはリオネルと話したい雰囲気であったが、今は仕事中。

他の客を放っておくわけにはいかないし、仕事も山積みである。

リオネルとイェレミアスも、ボトヴィッドへ会いに行かねばならない。


「外出から戻って来たら、他の客達の夕食後、4人で遅い夕食をともに、その時にゆっくり話しましょう」という約束をし、

支度をしたリオネルとイェレミアスは魔道具店クピディタースへ向かったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


魔道具店クピディタースは、『営業中』という札を出していた。

店主のボトヴィッドは、相棒であるゴーレムのアートスと、店に出ているはずだ。


事前にリオネルの索敵で分かっていたが、店内へ入ると、客は居なかった。


よし!とばかりに、リオネルとイェレミアスは、声を張り上げる。


「失礼します! ボトヴィッドさん、こんにちわあ!」


「おい、ボトヴィッド。わざわざ顔を出してやったぞ」


アートスは、会った事のあるふたりの声と顔をしっかりと認識したらしく、


「いらっしゃいませ、魔道具店クピディタースへようこそ、リオネル様、そしてイェレミアス様」


すらすらと客向けの歓迎の言葉を告げた。

感情の波がない無機質生命体であるせいか、淡々としている。


しかしボトヴィッドは、そうはいかない。


「うお!? おいおいおい!! お前ら、久しぶりじゃね~かよ!!」


と大いに驚き、勢いよく立ち上がった。


「ご無沙汰していました、お久しぶりです、俺とイェレミアスさんは、しばらくフォルミーカへ滞在します」


「うむ、リオネル様のおっしゃる通り、その間、いろいろ用足しをする。ボトヴィッド、お前にも話があるのだ」


と、更にリオネルとイェレミアスが言えば、


「ああ、そうかい。……おい、アートス、これを表に下げてから、出入り口を閉め、鍵をかけて来い」


と、ボトヴィッドは『休憩中』と書かれた札をアートスへ渡した。


「かしこまりました、ご主人様」


どうやら、ボトヴィッドは外部からの接触をシャットアウトし、

店内で話すつもりらしい。


リオネルが壁にかかった魔導時計を見れば、午前11時を回っている。


話が長引けば、お昼どころか、すぐ夕方になってしまうだろう。


ボトヴィッドを誘い、どこかで一緒にと考えていたから、

リオネルとイェレミアスはまだ昼食を摂ってはいない。


こういう展開ならと、リオネルは気を利かせ、


「ちょっと待ってください。そういう事なら、このお店でお昼でも食べながら、皆で話しませんか」


と提案。更に、


「俺がテイクアウトの弁当と飲み物を買って来ます。買い物はひとりで間に合いますから、待っていてくださいね」


と言い切り、


「リオネル様、買い物ならば、私が行きます!」


と言うイェレミアスを手で制し、


「ちなみに食べ物、飲み物で、何か好きなもの、苦手なものはありますか?」


とも聞き、情報収集した上で、一旦店外へ出て、近くのいくつかの商店へ行き、

速攻で数種類の弁当と料理、飲み物を購入――すぐクピディタースへ戻った。


リオネルが戻ると、アートスはボトヴィッドの指示通り、休憩中の札を下げ、出入り口を閉めて施錠。


そしてリオネルは店内にある商談用のテーブルへテーブルクロスを広げ、

昼食のセッティングにかかる。


収納の腕輪には、冒険の際、使用するキャンプ用品だけでなく、

普段飲食をする為の道具各種も数多入っている。

リオネルは好みの品物を見つけたら、こまめにどんどん買い足していたのだ。


手慣れた感じで、リオネルは並べた皿へ弁当の中身と料理を盛り付けて、

グラスへ飲み物を注いで行く。


あっという間に、テーブル上は小宴会の趣きとなる。


自分達だけ、昼食というのは申し訳ないので、

忠実なアートスには、念の為、破邪霊鎧を掛け直し、魔力も注入し、リフレッシュ。


ボトヴィッドとイェレミアスから礼を言われ、これで支度は完了。


「準備OKです。とりあえず再会を祝して乾杯しましょうか」


「うむ、そうですな、リオネル様!」


「乾杯しよう!」


カチン!カチン!カチン!


陶器製のグラスが合わされ、再会のお祝いが為された。


誇り高いアールヴ族のイェレミアスが、若輩で異種族のリオネルを『様』と尊称で呼び、敬語を使っている事に対し、違和感を覚えたボトヴィッド。


「どうして?」とふたりへ問いただしたが、

「リオネル様が、イエーラへ多大に貢献し、とても感謝しているから」

とイェレミアスから返され、不本意ながら何とか納得した。


当然だが、ボトヴィッドもリオネルとヒルデガルドによる英雄譚――ドラゴン討伐を知っており、まず話題に出して来る。


「リオネル、お前は単身フォルミーカ迷宮へ潜り、一番底まで行き、かすり傷ひとつなく、帰還したくらいだ。とんでもなくものすげえ奴だと思ってはいた」


「そうですか」


「ああ、だが、長年ウチの国で暴れていたあの凶悪なドラゴンどもをあんなにあっさり倒すとは思わなかったよ」


「はい、ドラゴン討伐は事前調査をした上で、充分な準備をして臨みました。幸い運もありましたし、上手く行って良かったと思います」


「ははははは、相変わらず驕らずに謙虚だ。普通は俺は英雄でございと、偉そうにふんぞり返るもんだがな。ちなみにドラゴン討伐に同行したのはこいつの孫娘だって?」


「ですね。お名前はヒルデガルドさんです」


「ほうほう、そのヒルデガルドって子は絶世の美女って噂なんだが、どうせこいつの孫娘なら、じじ譲りで頑固なわがまま娘だったろ?」


「いえいえ、ヒルデガルドさんが美しいのは勿論ですが、誠実で優しくて聡明な方ですよ。術者としての実力もあり、完璧です」


ここで口をはさんだのが、イェレミアスである。


「うむうむ! 私の孫娘はな、確かに少しだけわがままだが、ほぼ、リオネル様のおっしゃる通りだぞ、ボトヴィッド」


「ふん! そうか? どうせじじのひいき目だろ?」


昼食を摂りながら、そんな会話が続いたが……

次にリオネルがイェレミアスと契約したイエーラ富国作戦について、ざっくり話すと、ボトヴィッドは、ひどく面白がった。


「おお、いろいろとやっているんだな!」


と感嘆し、


「イエーラが一部開国し、ウチの国と交易を始めるって、そういう事か」


と納得した。


さあ!

ここからが本題である。


「でだ、その件に際し、協力して欲しい事があるのだ、ボトヴィッド」


イェレミアスはそう言うと、柔らかく微笑んだのである。

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