第669話「ええっと……悪い人間族の手本って、それ、ボトヴィッドさんへは絶対、言わない方が良いと思いますよ」

「可能であればご協力は致しますが、成功の確約は出来ません。こちらの事情もありますし、力及ばずの場合はご容赦ください」


丁寧な物言いながら、しっかりと意思を伝えたリオネルであったが……

出世欲にとりつかれたブラード兄弟は、確約の言質を取る事を諦めず、

とんでもなく、しつこかった。


「イェレミアス様とリオネル様にはフォルミーカ滞在中は最高級ホテルのスイートルームに宿泊して頂き、贅を尽くした接待を行います。

個人的な謝礼は勿論、イエーラへの協賛金等々、どんな希望を出して頂いても構いません。くれぐれもくれぐれも宜しくお願い致します!」


と揉み手&平身低頭で懇願し、

しまいには兄弟直筆の『国王、宰相宛ての手紙』まで託そうとして来た。


いかなる手立てを使っても、リオネルとイェレミアスと確固たるパイプを作り、

その見返りで、自身の野望を叶えたい!というオーラがびんびん!伝わって来る。


心身が欲に染まった者達は、ここまでなりふり構わずとなるものか……


さすがにリオネルも呆れ、きっぱりと一線を引く事にした。

この兄弟へ変にかかわると、あとあと面倒な事になるからだ。


「宜しいでしょうか」と前置きし、


「そもそも、こちらへ伺ったのは今回のフォルミーカ訪問に際し、あくまでも礼儀として、あいさつをするという趣旨です。おふたりのお気持ちは理解しますが、我々の都合を考えない無理強いは、はっきり言って迷惑ですし、却って逆効果になります。なんなら、あなた方の言動を各人へそのまま伝えますよ」


軽度の威圧を使い、ブラード兄弟を見据え、びしっと伝えれば、

穏やかなリオネルの底知れない迫力を感じ、兄弟は仰天、またも平身低頭。


この『教育的指導』を聞き、兄グレーゲルは、

リオネルが国王ヨルゲンか宰相ベルンハルドの命で、

「フォルミーカの行政チェックに来た」のかと、勘違いしたかもしれない。


また弟アウグストは、総マスターローランドへ、

「町長たる兄との癒着報告でもされたら、まずい!」と、それぞれ曲解したかも。


それゆえ「これはヤバい!」と危機感を覚えたのだろう、ガラリと一変。

「どうか、これまでの話は聞かなかった事にしてくれ」と、

何と何と! 愚かな事に自分達の言動をもみ消そうとして来た。


ならばと、リオネルは笑みを浮かべ、否定も肯定もせず、


「……グレーゲル町長には引き続き誠実に、更に人々に喜ばれる善政を行って頂き、アウグストギルドマスターには冒険者が安全にスムーズに依頼遂行出来るよう各所の管理監督も徹底して頂きます」


そして更に、


「おふたりには純粋にフォルミーカのご発展、ご繁栄にご尽力頂くことを希望します。であればアクィラ王国も喜ぶでしょう。しかし私利私欲に走ったり、ふらちな振る舞いをすれば、しかるべき対応がなされるとご認識ください」


などと曖昧な言い方ながら、含みを持たせ、しっかりと釘を刺した。


てっきり厳しく糾弾されると覚悟していたのに、柔らかくさとされただけ。

リオネルの言葉を聞き、ブラード兄弟は顔を見合わせ、ホッとした表情になる。


「分かりました! 申し訳ございません! 責任ある町長として、フォルミーカ発展繁栄の為、町民に対し、更に誠実に! 滅私奉公の精神で日々、粉骨砕身して参ります !」


「はい! リオネル様のおっしゃる通り、フォルミーカ支部を預かるギルドマスターとして冒険者が安全に! スムーズに! 依頼遂行が出来るよう! 町長の兄同様、誠実、滅私奉公をモットーにし、各所の管理監督を徹底致します!」


ブラード兄弟の『決意』を聞き、リオネルもにっこり。

「おふたりには大いに期待しております」と返した。


「期待している」という言葉を聞き、大喜びするブラード兄弟だが、

リオネルは決して詰めを甘くはしない。

『言った言わない』『逃げ得』を絶対にさせないのだ。


「ではがっつり約束したという事で、今回おふたりが仰った誓いは必ず厳守してください。何卒宜しくお願い致します」


そう言うと、ダメ押しとばかりに、隠し持っていた『魔導音声録音水晶』を示し、

『リオネルの教育的指導』『ブラード兄弟の誓い』『リオネルの期待の言葉』

の3点セットを再生してみせたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ランクSのレジェンド冒険者でドラゴンスレイヤーだが……


人生経験が豊富で、百戦錬磨な自分達に比べれば、

リオネルなど、たかが19歳の人生経験不足な若輩だと、

ブラード兄弟は完全に舐めていたようだ。


高額な金や魅力ある地位を始めとした見返りをちらつかせれば、

ふたつ返事で要求を受け入れると、兄弟が発する言葉のふしぶしに表れていた。


また気位の高いアールヴ族など、ひたすら低姿勢で敬っておけば、

好い気になってふんぞり返り、冷静な判断など不可能だと、

同行するイェレミアスをも同じく舐めていたらしい。


しかし、リオネルとイェレミアスは様々な誘惑をきっぱりとはねのけ、

要求は聞いたものの確約をせず、

最後は私利私欲にまみれたスタンスを正すよう、びしっ!とたしなめた。


完全にやり込められた形のブラード兄弟からは再び、

馬車での送迎、ホテル手配の申し出と、昼食会、今夜の宴会の誘い、

町の案内役の派遣などなどの提案を受けたのだが……


脇を甘くしない為、「いえ、自由に観光しますからおかまいなく」と、

一切をきっぱりと断り……

リオネルとイェレミアスは、冒険者ギルドフォルミーカ支部を出た。


すまし顔、無言で歩いてギルドを出たふたりであったが、

心と心の会話――念話で、ずっと言葉を交わしている。


『リオネル様』


『はい、何でしょう、イェレミアスさん』


『先ほどのご対応と、とりまとめ、さすがですな! しっかりと彼らの言質も取りましたし』


『いえいえ、そんなに大した事はありませんよ』


『いやいや勉強になりますよ! 人間族にはこんな者達も居る事。そして、むやみやたらに喧嘩するのも芸がない事。このように正面切って対立せず、上手くなだめ、逆に期待の言葉をかけ、やる気を出させ、共存する方法もあるのだと』


『はい、相手によって臨機応変にいろいろな方法を取るのが得策です。隠し玉としてブラード兄弟へ聞かせた以外、別の魔導音声録音水晶に、不正を示す確固たる証拠のコメントも記録していますから、万が一の際は使います』


『おお! 本当に万全な対応ですな!』


『ええ、まあ、今回はたまたま上手く行きましたが、全てがケースバイケースです。相手がある事ですから、冷静に状況を分析し、相手の思惑と本音を見抜くべく、その場で的確な判断と適切な対応をする事が必要です。言い過ぎ、求め過ぎも良くありませんし』


『成る程』


『実を言うと、事前に相手が分かっていたから、ある程度の対策を立てておけたというのが種明かしです』


『おお、そうなのですか。やりとりする相手が分かっていたら、事前に準備しておく事も必要なのですな』


『ですね! 交易をする際も、相手が判明していれば当該人物の事前調査をすべきです。ただ全く初対面の相手とやりとりをする場合も多いので、その場合は瞬時に判断を下せる対応力が求められます』


『おお、瞬時に判断を下せる対応力ですか! 生と死の狭間で依頼を遂行して来た冒険者の言葉ならではの重みがありますな』


『いやいや、そこまで大層なものではありませんが、彼らのような人間族へも対処する為、今後の研修には先ほどのやりとり的な悪いケースも入れた方が良いでしょうね』


『うむ、悪いケースですか、成る程ですな』


『はい、という事で、言いだしっぺの俺がブラード兄弟役をやりますよ』


『おお、リオネル様がブラード兄弟役を! それはありがたい! ですが、私が思うに、リオネル様以上の適任役がおりますぞ』


『俺以上の適任役……ですか?』


『はい、とんでもなく偏屈者のボトヴィッドならば、ブラード兄弟以上の悪い人間族の手本となってくれると思いますからな。イエーラ行きをぜひ説得致しましょう』


イェレミアスとボトヴィッドは気心の知れた親友同士。

互いに変わり者だといじり合っている。


リオネルは苦笑し、


『ええっと……悪い人間族の手本って、それ、ボトヴィッドさんへは絶対、言わない方が良いと思いますよ』


『ははははは、まあ、そうでしょうな。アールヴ族へも奴本人へも個性的な人間族という事で通しましょう』


『成る程、ボトヴィッドさんが個性的な人間族ですか。まあ、そういう表現ならば良いでしょう。了解です、話を合わせますよ』


そんな会話を交わす、リオネルとイェレミアス。


とりあえず、しばらく滞在する場所を決めねばならないが、

ふたりは当初から以前世話になった『山猫亭』へ宿泊すると決めていた。


微笑み合ったふたりは、急ぎ山猫亭へ向かったのである。

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