第668話「はい、こういうタイプは変に断ったり、怒らせると逆恨みして厄介です。俺に任せてください」

冒険者ギルド、フォルミーカ支部へ向かう馬車の中、

リオネルは、持つ情報を整理する。


そもそもワレバッドから初めてフォルミーカへ旅する前、

事前に街の状況を調べていたリオネルは、

アウグストと実際に会い、やりとりした事で、

そんなふたりの野望を改めて認識していた。


……フォルミーカの町長、グレーゲル・ブラードは、

アクィラ王国から自治を認められた迷宮都市フォルミーカにおいて、

貴族領主並みの権勢を誇っている。


権勢を支えている基盤は、莫大な町の税収と付帯する数多の利権。


莫大な税収と数多の利権の根幹となるのが、

一攫千金の富と成り上がれる名誉を生む広大で深いフォルミーカ迷宮。


そのフォルミーカ迷宮を目当てに集まり、探索する冒険者達を監督管理するのが、

弟でギルドマスターのアウグスト・ブラードなのだ。


つまり町長のグレーゲルとギルドマスターのアウグストは、一蓮托生。

実の兄弟である事から、つーと言えば、かーの如く息もぴったり。


互いの権力と財力を上手く使い、更に成り上がるべく、

あらゆる手段を取っていたのだ。


ふたりの野望とは……

商人上がりの兄、町長グレーゲルはいずれ本物の貴族になり、

広大な領地を得たいと願っている。

一方、弟アウグストは頃合いを見て冒険者ギルドのマスターの地位を、

支部の実権は握ったまま、息のかかったあとがまに譲り、

自分は兄の後を継ぎ、ちゃっかりフォルミーカの町長になろうと画策していた。


以前、リオネルを『サブマスターという役職付きの好条件』で勧誘したのも、

その『あとがま候補』のひとりとする為であろう。


先述したが……

アウグストと初めて会った時とは、ランクAとはいえ、

一介の冒険者であったリオネルの立ち位置も、大きく変わっている。


国難と言われたドラゴン討伐を機に、

国王ヨルゲン・アクィラには直々に言葉をかけて貰い、英雄と呼ばれ、

王弟で宰相の公爵ベルンハルドには深い信頼を得て……

アクィラ王国の騎士隊、王国軍の統括最高責任者たるアルヴァー・ベルマン侯爵からも好意を持たれ、リスペクトされている。


また、イエーラとの交易開始に向け、

ベルンハルド、経済担当の大臣とも打合せを行なっている最中で、

前ソウェルで、現ソウェルたるヒルデガルドの祖父イェレミアスが同行している。


利に聡いブラード兄弟が、

フォルミーカ滞在中のもてなしと今後の便宜をはかるという提案と引き換えに、

ヨルゲン、ベルンハルド、アルヴァー、そして経済担当の大臣へ、

とりなしをして欲しい『お願い』をして来るのは想像に難くない。


そんなこんなで、やがて馬車は冒険者ギルドフォルミーカ支部へ到着。


出迎えた大勢の職員達に先導され、リオネルとイェレミアスは、

ギルドマスター専用の応接室へ。


そこには前回も会った中肉中背、金髪碧眼、

30代後半の中年男性、アウグスト・ブラードの秘書イクセル・ベックが、

直立不動で待っていた。


イクセルは前回同様、リオネルとイェレミアスへ笑顔を向ける。


だが、前回会った時のように、

笑っているのは口元だけ。

目は鋭い眼差し……全く笑っていない……のでは全くなく、

今回は「意図的に表情を思い切り崩した」のか、満面の笑みを浮かべていた。


笑顔のイクセルは深々とお辞儀をし、揉み手をしながら、声を張り上げる。


「おお! これはこれはイェレミアス様にリオネル様! ようこそ! 迷宮都市フォルミーカへいらっしゃいました! ギルドマスターは所用で外出中でしたが、すぐ中断し、お戻りになります! そしてギルドマスターのお兄様! グレーゲル町長閣下も、スケジュールを変更し、急ぎお越しになるご予定です! 申し訳ございませんが、少々お待ちくださいませ」


リオネルが来訪したら、大歓迎するようにと、

配下達へ言い含めていたに違いない。


表情には出さないが、リオネルは心の中で苦笑。

予想通りとはいえ、

あんなに慇懃無礼だったイクセルの、

大が付く変貌ぶりに呆れてしまったからである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


フォルミーカの町長とギルドマスターは責任ある立場で、

職務が多忙なのは間違いない。


リオネルとイェレミアスは事前に告げず、

ノーアポでいきなりフォルミーカを訪れたから、

都合がつかず会えずとも、仕方がない部分がある。


ただ、ぶっちゃけ、ブラード兄弟のふたりには、特にさしたる用事もないから、

不在なら代理の者へでも挨拶のみをしておけば良い話。


しかしイクセルから、「ふたりがぜひ会うからお持ちください」と言われたら、

勝手に辞去するわけにもいかない。


というわけで、リオネルとイェレミアスはしばし待つ事に。


最高のおもてなしをしていますよと言わんばかりの、

いかにも高価そうな焼き菓子と芳醇な上質茶が出された。


専任業務担当者であったエミリア・オースルンドは、リオネルの出発後、

別の上級冒険者の担当になったなど、

時間つぶしで、3人がとりとめもない話をしていたところ……


イクセルの言う通り、30分後にギルドマスターのアウグスト・ブラードが、

そして更にその10分後に町長のグレーゲル・ブラードもやって来た。


これまた予想通り、アウグストとグレーゲルは超が付く低姿勢である。


双方のあいさつが終了すると……


アウグストとグレーゲルは、まずアールヴ族のイェレミアスを意識してか、

隣国のイエーラを「素晴らしい国だ」と、ひどく持ち上げ、

次いでリオネルとヒルデガルドのドラゴン討伐を、

「創世神様のお導きだ」などと、大仰に褒め称えた。


そしてフォルミーカ滞在中は、英雄リオネルと国賓イェレミアスへ対して、

町ぐるみ、下にも置かない歓待を行う事を約束し、

「何か希望があれば何でも言って欲しい、遠慮なくリクエストして欲しい」

と強調した。

今後に関しても、「末永く、親交を持ちたい」とも。


計算高いアウグストとグレーゲルの言葉は、話半分以下であり、

いわゆる『おべんちゃら』と『社交辞令』


こちらを思い切り利用したいという魂胆が明白だから、

可もなく不可もなく、リオネルとイェレミアスが無難に対応していると……


頃合いと見たのか、兄弟は『本題』を切り出して来た。


まずは町長の兄グレーゲル。


リオネルがアクィラ王国王家に、とても気に入られていると持ち上げた上で、

国王ヨルゲン、宰相ベルンハルドの様子を尋ね……


自分がアクィラ王国の為、

「フォルミーカの町長としていかに日々、粉骨砕身している」かを、

身振り手振り付きの派手なオーバーアクションで力説。

「フォルミーカの発展、繁栄の功績」をぜひ国王と宰相へ伝えて欲しいと言う。


更に「あくまでも国益の為」とお題目を述べつつ……

「これから開始されるイエーラとの交易に、ぜひフォルミーカの商会も参加したい」と、ストレートに希望を入れて来たのだ。


その際、グレーゲルは、ぜひ口利きをして欲しいと、とある商会の具体名も出した。


それは多分、グレーゲルの「息がかかった商会」であろうから、

国王宰相への売り込みに加え、私腹を肥やす為の、

結構露骨でべたな『お願い』である。


続いてフォルミーカ支部ギルドマスターの弟アウグスト。


「ギルドマスターの仕事をしっかりこなしつつ、町長の兄グレーゲルについて政務を学び、フォルミーカの人々の暮らしを良くしたい」と意気込んでいる決意を述べた。


そして「ぜひ兄の後任として自分をフォルミーカの町長へ推薦して欲しい」と、

国王宰相へ伝えるよう、リオネルとイェレミアスへ懇願した。


また今後、リオネルがソヴァール王国ワレバッドへ赴き、

冒険者ギルド総マスターのローランド・コルドウェル侯爵にお会いしたら、

そちらにもぜひ「自分の功績」を伝えて欲しいと猛アピールしたのである。


……聞けば聞くほど、

計算高いブラード兄弟の功績自慢は、話が大きくて疑わしいものばかり。


全てがフォルミーカの発展、繁栄を隠れ蓑とし、

うわべだけの美辞麗句、虚飾とも言える、中身が全くない薄っぺらなもの。


また、リオネルとイェレミアスへお世辞連発で、やたらに持ち上げる。


そう、リオネルとイェレミアスを上手く利用して、

更なる自分の立身出世をはかる狙いなのがありありなのだ。


リオネルとイェレミアスは、表向きは笑顔で適当に相槌を打ちながら、

こっそりと念話で話す。


『リオネル様、本当に呆れますな。旅立つ前にお聞きしていましたが、これほどとは……人間族にはこのように自分の欲しかない者達も居るのですなあ……』


『ええ、イェレミアスさん。欲望に忠実過ぎる人間族は結構居ます。そういう人達は自己本位で冷徹ですし、もしつながりが出来ても、しょせんビジネスライクな関係ですね』


『成る程……ビジネスライクな関係ですか。私は付き合いなど一切お断りしたいものです』


『ええ、イェレミアスさんのお気持ちは良く理解出来ます。俺だって仕方ない場合を除き、こちらから進んで、あまりかかわりたくはありません、信用が全く出来ないから、一緒に気持ち良く仕事は出来ませんしね』


『ですな!』


『はい、ただ欲望に忠実過ぎる人でも、仕事において有能な者は存在します』


『むむ、そうなのですか?』


『はい、やるべき仕事をしっかりこなしてさえくれれば、そういう人達でも一応役には立つのです。注意する点として、致命的に誠実さに欠けていますから、あっさり裏切られる可能性が多分にあり、また邪な欲望を持って暴走する場合もありますから、油断は絶対に禁物です』


『全く同意です! つけ込まれないよう脇を甘くせず締め、割り切って付き合うという事ですな。勉強になります! で、結局は、どうしますか?』


『はい、こういうタイプは変に断ったり、怒らせると逆恨みして厄介ですから、伝え方には注意が必要です。俺に任せてください』


リオネルはそう言うと、柔らかく笑みを浮かべ……


町長、ギルドマスター、おふたりの話は良く分かった事。


機会があれば伝える努力はする事。


出された希望に関しては、あくまで国王陛下、宰相閣下、経済担当大臣閣下などの最終判断であり、イェレミアス様と自分には権限外である事を説明。


「可能であればご協力は致しますが、成功の確約は出来ません。こちらの事情もありますし、力及ばずの場合はご容赦ください」


丁寧な物言いながら、しっかりと意思を伝えたのである。

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