第671話「ふふふ、ボトヴィッド。これで問題は解決したな」

「でだ、その件に際し、協力して欲しい事があるのだ、ボトヴィッド」


イェレミアスはそう言うと、柔らかく微笑んだ。


そんなイェレミアスを見て、同じようにボトヴィッドも微笑む。

久々の再会で上機嫌のようだ。


「おお、イェレミアス。お前が頼み事とは珍しいな、何だ? 協力して欲しい事とは?」


「何、簡単な事だ。お前にイエーラへ来て貰い、私以外のアールヴ族へも、人間族には頑固な偏屈者も居ると教えてやって欲しいのだ」


「な、何!? 人間族には、頑固な偏屈者も居るだと!?」


イェレミアスから冗談ぽく言われ、上機嫌が一変、

ボトヴィッドはムッとした表情となる。


せっかく『個性的な』という伝え方をしようと事前打合せしたのに、

「頑固な偏屈者だ」と言われては、ジョークにならない悪手あくしゅ


イェレミアスからすれば、『親友同士で交わすいつもの突っ込み』かもしれないが、

ボトヴィッドにとっては相手の真意が理解出来ない、

あまりにも遠回しな言われ方である。


このままにすると、下手をすれば喧嘩が始まるかもしれない。

なので、リオネルはすぐフォローする事にした。


はい!と挙手をし、ふたりの会話を止め、


「ボトヴィッドさん、俺が補足説明します。これからイエーラのアールヴ族が人間族と交易を始めるにあたり、事前に練習をしておきたいのですよ」


「はあ!? じ、事前に、れ、練習?」


「はい。先ほどもざっくりお伝えしましたし、ご存じかもしれませんが……」


「ふむ……」


「長きにわたり鎖国政策をとっていたイエーラは、一部開国するという形でアクィラ王国との国境沿いに特別地区を作り、そこで限定的に交易を行う予定なんです」


「ほう、成る程な」


「はい、それで今、俺が教師役となり、アールヴ族が人間族に接し、徐々に慣れる練習をしています。しかし、俺ひとりだけだと、どうしてもワンパターンで慣れ合ってしまいます。なので違う人間族ともやりとりさせ、いろいろな経験を積ませたいんです」


リオネルの説明に対して、ボトヴィッドは納得しつつも、


「おお、そうか。いきなり頑固な偏屈者と言われムッとしたが、話が見えて来たよ。ようは俺が、アールヴ族が人間慣れの練習をするにあたっての、『悪い見本』になれって事だな」


「いえいえ、ボトヴィッドさんは悪い見本じゃありませんよ。様々なタイプの人間が居るって事を、アールヴ族には知って貰いたいんです」


「いやいや、様々なタイプの人間って……でもよ、リオネル。結局、ドラゴン退治の英雄たるお前と比較されるって落ちだろ? しょせん俺は、あて馬とか、噛ませ犬って事じゃないか」


「ははは、それ逆です。俺の方があて馬とか、噛ませ犬ですよ」


リオネルが返しても、ボトヴィッドは半信半疑のようである。


「ふん、どうだか……」


「いえ、俺は若輩者で、人生経験を積んでいません。人間族とは何ぞやなんて、『代表』みたいにアールヴ族へ語ったり見せたりは出来ませんから」


「で、年を食った俺の出番って事かい」


「はい、ベテランのボトヴィッドさんが必要です。俺、イェレミアスさんと契約し、孫娘のヒルデガルドさんを助ける形で仕事をしていますが、ひとりでは手が回らないんですよ」


「ふうん、人手不足って事かよ」


「はい、他にも何人か候補が居ますが、ボトヴィッドさんには最初にお声がけしようと思っていました」


「ほう! 俺が最初なのか?」


「はい! 今回の交渉相手の!」


「ははは、で、俺のもとへ真っ先に来てくれたって事か。……光栄だな。嬉しい事言ってくれるじゃねえか」


リオネルの話術で、ボトヴィッドの機嫌はようやく良くなり、

『聞く耳』を持ってくれたようだ。


「ええ、先ほどもお話し、繰り返しとなりますが、俺、冒険者としてやっていた町村支援策を、政治顧問という立ち位置でイエーラにおいても行っていて、人間族との交易はその一環なんです」


「人間との交易が一環か?」


「はい、アクィラ王国で行ったドラゴン討伐みたいな、魔物の討伐による治安回復だけではなく、都市、交通網の拡張整備。農地開拓、土地改良、植え付け作物の種類増加などの農業振興、資材の輸送と搬入、そして店舗運営、今回の交易等の商業関係とか、いろいろやっていますが、まだまだやるべき事がたくさんあります」


リオネルが現在取り組んでいる内容を先ほどよりも更に詳しく話すと、

ボトヴィッドは笑みを浮かべる。


「ははは、さっきも聞いたが、本当にいろいろなんだな! 凄く面白そうじゃねえか! 俺も手助けしてやりたくなって来たよ」


「ありがとうございます」


これは上手く行きそうだと思い、手ごたえを感じ、礼を述べたリオネル。


しかし!


「だが、断る!」


突然、ボトヴィッドはきっぱり言い放った。


「え? 断るって? それは?」


「おいおいおい、見て分かるだろ? 若かった頃ならともかく、俺もこの年だ。あと何年かで80歳へ手が届くから、フォルミーカでこの店をやるのが精いっぱい、とてもイエーラへの長旅は出来ねえよ」 


いきなり断られ、リオネルは戸惑ったが……

理由を聞けば、これは想定内の反応。


対策は立案済み……なので、リオネルは言う。


「いえ、その問題なら簡単に解決出来ます」


「な、何!? 長旅の負担が簡単に解決出来るだと!?」


「はい、解決出来るのなら、協力して貰えますか? 当然報酬もお支払いします」


「おいおいおい!! ど、どうやって、解決するんだよ!?」


大いに驚き、疑問を呈するボトヴィッドへ、


「はい、必ず秘密を守ると約束して頂けたら、お話ししますよ」


と、リオネルは交換条件を投げかけたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


リオネルの投げかけは、ボトヴィッドの好奇心を刺激したようだ。


「わ、分かった! 約束するぜ! 長旅の負担をどうやって解決するのか、全く分からないが、秘密とやらを必ず守る!」


「ありがとうございます。そうして頂けると本当に助かります」


「ちなみに犯罪とか、そういうヤバい秘密じゃないよな? それは勘弁だぜ」


「ええ、犯罪とかではありません」


「なら、構わん! 創世神様に誓い、必ず秘密を洩らさないと約束するぜ! さあ! 話してくれ!」


「はい、ではお話しします」


リオネルはそう言い、イェレミアスへ確認のアイコンタクトを送る。


無言で頷くイェレミアスを見て、リオネルは話し始める。


「イエーラへは、普通に旅をしません。魔法で移動します」


「はあ!? 魔法でか? おいおい、冗談だろ? まさか空でも飛ぶのかい?」


半信半疑という雰囲気のボトヴィッド。


空を飛ぶ……確かにそれもひとつの方法であり、

リオネルには飛翔魔法の行使も可能だが、今回取る方法は違う。


「……いえ違います。転移魔法を使うんです」


「え!!?? て、て、て、転移魔法だと!!??」


全く予想外の答えだったのだろう。

ボトヴィッドは仰天した。


更にリオネルは話を続ける。


「はい、転移魔法です。論より証拠で、今ここで行使しますね」


「えええ!? い、今、ここで!?」


「じゃあ、行きます。……ほいっと」


リオネルが掛け声を出せば、座っていた椅子から、ふいっと姿が消え、

10mほど離れた、内側から施錠されている店の出入り口の前に、

こつぜんと立っていた。 


そして、ボトヴィッド、イェレミアス、アートスへ向かい、

笑顔でひらひらと手を振る。


「まあ、ざっと、こんな感じです。そして俺自身以外の転移も可能ですよ。次、行きますよ、イェレミアスさん」


「うむ、お願い致しますぞ、リオネル様」


イェレミアスが椅子から立ち上がる、その瞬間!


ふっとイェレミアスの姿が消え、ぱっと再び現れ、

リオネルの傍らへ立っていた。


「う、うおおおおおっっっ!!!???」


今、見たものを到底信じられない!とばかりに、驚愕してあわあわし、

言葉にならない悲鳴をあげるボトヴィッド。


「では、行きますよ。最後にボトヴィッドさんをこちらへ移動させます」


リオネルがそう言うと、ボトヴィッドはストップ!とばかりに手を突き出し、


「う、うお! ちょ、ちょっと待ってくれ! 深呼吸して落ち着くから!」


「はい、分かりました」


す~は~、す~は~、す~は~、す~は~、……息は整ったようだ。


「た、頼む!」


と言い、立ち上がるボトヴィッド。


「行きます!」


というリオネルの声と同時に、消えたボトヴィッドは、

ぱっと現れ、イェレミアスのすぐ傍らに立っていた。


「お、お、おおおお……こ、こ、これが!? て、て、転移魔法……か!!」


初めての転移魔法経験に感極まるボトヴィッドを見て、


「ふふふ、ボトヴィッド。これで問題は解決したな」


と、イェレミアスは面白そうに笑ったのである。

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