第399話「え? 迷宮へ? やっぱり潜るんだ?」

上機嫌なエミリアの案内で、フォルミーカの街の各所を存分に堪能したリオネル。


夕方、宿泊先の山猫亭へ戻ると、

少しだけ「すねた」宿の看板娘ブレンダにちやほやされる。


「リオネルさん! おかえりなさいっ! 遅かったわねえ! もう! 早く戻って来てって言ったのにぃ♡」


腕組みをし、口をとがらせるブレンダ。


対して、リオネルは素直に謝罪する。


「すいません、ブレンダさん。冒険者ギルドの業務担当者になった子に、フォルミーカの街を案内して貰っていたので」


正直に理由を告げたリオネル。


ブレンダは大いに驚き、良からぬ?想像がエスカレートしていく。


「え、えええっ!? ま、街を案内って!? 業務担当者の子って、もしかして女の子? 可愛い子? まさか! ふたりきり?」


「はい、可愛い女の子ですし、ふたりきりです」


「わお! ショックう! 私をほっといて、他の女の子といちゃらぶデートだなんて!」


「いえいえ、ブレンダさん。いちゃらぶデートじゃありませんよ。専任担当者の業務の一環として、街を案内してくれただけですから」


「専任担当者の業務の一環?」


「はい、その子は、あくまで仕事として、案内してくれただけですよ」


「あくまで仕事としてって……」


本当にそうなのだろうか?


訝しげな表情を浮かべるブレンダへ、リオネルはしれっと言う。


「はい、仕事です。ブレンダさんも仕事だから、仕方なく、宿泊客である俺の相手をしてくれているんですよね?」


「はあ??」


何それ!!


リオネル!!

この、超ニブちんっ!!

あんた、馬鹿あ!?


というぐらい、リオネルは女子の想いに対して、著しくうとい。


恋愛に関し、経験値が絶対的に不足しているのが、主な原因である。


かつてはミリアンの一途な想いを……

そしてこのフォルミーカの街では、

ブレンダのストレートなアプローチに、

もしくは、エミリアのほのかな想いに全く気が付かない。


念話で第三者の心を自由自在に読めるのに、

心から発する波動も捉える事が出来るのに。

とてつもない術者なのに……


恋する女子の気持ちに、リオネルは気付かないのだ。


「ブレンダさん」


「な、何?」


「今、厨房とか、忙しいんですよね? 何か手伝いましょうか?」


屈託のない笑顔を向けるリオネル。


「もう!」


こうなると、年上だけにブレンダは焦れて来る。

でも、リオネルを弟のように可愛く思ってもしまう。

一種の母性と言い換えても、良いかもしれない。


「ええ! リオネルさん、お願い、厨房の母さんを手伝ってくれる?」


「了解っす。すぐ調理が出来る服へ着替えて来ます」


ブレンダの『お願い』を快諾し、リオネルは、柔らかく微笑んだのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


約5時間後……

他の客が居なくなった山猫亭の食堂。


リオネル、ダニエラとブレンダ母娘の3人は、遅めのまかない夕食を摂っていた。


今回もリオネルは、まめまめしく働いた。

3日分の宿泊費で、10日間泊めて貰うお礼になればと思っている。


暴漢どもからブレンダを救った事は、関係ないと考えていた。


「今日も本当に助かったわ、ありがとうございます、リオネルさん」

「ありがとう! リオネルさん!」


「いえいえ、お安い御用です」


ダニエラとブレンダからお礼を言われ、微笑むリオネル。


そしてダニエラが、


「今夜はね、リオネルさんから教わったソヴァール王国の料理を一品、試しに出してみたのよ。それが、お客様に大評判でね」


「ああ、今食べてるこれよね? 凄く美味しいわ」


料理を頬張りながら、納得の表情になるブレンダ。


そんなブレンダを見たダニエラは、いたずらっぽく笑う。


「ええ、そうよ。他の仕事も完璧だし、リオネルさん」


「はい?」


「こうなったら、貴方、いっそ、ウチのブレンダのお婿さんになってくれないかしら」


いきなりの直球。


リオネルは、びっくり。


「ぶっ!」


当然、ブレンダも、慌てふためく。


「かかか、母さんっ!!」


「うふふ、あら、嫌なの、ブレンダ」


「いいい、嫌っていうか!! あ、そ、そうだ! リオネルさん、きょ、今日、冒険者ギルドの担当者と一緒だったのよね!」


ブレンダは強引に話題を変えてしまった。

そんな愛娘を見て、ダニエラは、にやにやしている。


一方、リオネルも噛みながら答える。


「は、はい。そうです。今日、ギルドマスターにお会いした際、業務担当者をつけて頂きました」


「じゃ、じゃあ、これからガンガン依頼を受けるの?」


「ええ、ぼちぼちと稼ぎます。それより、迷宮に潜る準備をしないと」


「え? 迷宮へ? やっぱり潜るんだ?」


「はい、最低でも1か月か、それ以上は、潜りっぱなしだと思います」


「1か月か、それ以上!?」 


再び驚くブレンダ。


切ない表情をして、懇願する。


「リオネルさんには、ず~っと、ウチに居て欲しいと思ったのに……宿泊料を大幅ディスカウントしてもダメ?」


「ごめんなさい。俺、もっと自分を鍛えたいんです」


詫びるリオネルを見て、ブレンダの表情が暗くなる。


「寂しくなる」と、彼女の顔に出ていた。


「そ、それで、リオネルさん、迷宮へは誰と一緒に行くの? 今までクランのお仲間さん、見かけないけど……」


「ええ、マスターからも同じ事を聞かれました。人間は俺ひとりで、後は召喚した仲間と一緒に行きます」


そう!

事情を知らない人を連れて行けば、隠している実力を発揮出来ない。


リオネルは、信頼出来る『仲間』とともに、

存分に能力をフル稼働しようと心に決めていたのである。

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