第398話「うわ! こんな人初めて!」

フォルミーカ支部本館の3階は、いくつもの重厚な扉が並ぶ応接室専用のフロアだ。

そのフロアの特別応接室のひとつで、リオネルとエミリアは打合せを続けている。


「ギルドのデータベースを見て、改めて確認しますけど、リオネル様は基本的には魔法使いですよね?」


「そうです」


冒険者ギルドのデータベースは、所持する所属登録証と連動し、討伐した魔物の詳細、レベルアップに連動している。


冒険者は、魔物を討伐した場合、自動的にカウントされ、

既定の討伐料を基に報奨金が換算されるのだ。


「俺は、魔法を使いながら、剣、格闘技も使いますね」


「わお! じゃあ、リオネル様は魔法剣士じゃないですかあ」


と、盛り上がりつつ、質疑応答が交わされ、打合せは行われた。


「ざっくりですが、リオネル様のご要望はお聞きしましたので、依頼の方を集約し、精査しておきます」


「ありがとうございます。あと、フォルミーカ迷宮の地図と街のガイドブックも、手配をお願いします。金貨3枚を先払いで足りますか?」


「お金は充分足りますが……リオネル様、地図とガイドブックって、既にお持ちだと、さっきはおっしゃっていましたよね?」


「はい、ワレバットで購入したものを所持してしますが、フォルミーカの支部で発行したものが欲しいです」


ワレバットで販売されている地図とガイドブックは、記載内容に時間的な差がある可能性があると、リオネルは考えていた。


現地フォルミーカの支部で販売されているものが、最も精度が高いとも。


そんなリオネルの意図を知ってか知らずか、エミリアは快諾する。


「分かりました、了解です」


「あと……」


「あと?」


「はい、この打合せの後、ランチがてら、フォルミーカの街を探索したいと思います。エミリアさんはどこか、美味しいお店をご存知ですか?」


「ランチの美味しいお店……ですか?」


「はい、ランチの美味しいお店です。あ、好みが合わなくても、絶対に文句は言いませんから、ご安心を」


「そうですか……」


エミリアはそう言うと、リオネルの顔をじ~っと見た。


対して、リオネルは無言のまま、微笑んでいる。


リオネルとエミリアは、互いに無言のまま、10秒ほど見つめ合った。


……先に変化が見られたのは、エミリアであった。


にこっと笑い、リオネルへ言う。


「リオネル様、ランチなら良い店を知っていますから、私がご案内します。一緒に行きましょう」


「え? エミリアさんと一緒に?」


と、リオネルは繰り返し、ぶんぶんと首を振る。


「いやいや、単なるランチだし、エミリアさんはお忙しいでしょうから、いいですよ、同行して頂くなくても」


しかし!

エミリアは強情だった。


「い~え! 私はリオネル様の専任なので、リオネル様のケアは全てに優先します! だから! ご案内致しまあす! 制服から着替えますから、1階のロビーで待っててくださいね♡」


そう、きっぱり言い切り、更に、にこっと笑ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


……という事で、リオネルとエミリアは、

フォルミーカの街をいっしょに歩いていた。


先に告げた通り、エミリアは、ギルド職員の制服を着替え、

可愛いブリオーを着用している。


知らない第三者が見たら、まるで『デート』のようだ。


「うふふふふ、こっちで~す」


元々、明るく可憐なエミリアは、更に更に上機嫌。

一体、何故なのだろう?


?マークを飛ばすリオネル。

だが緊急事態とか、特別な事情があるわけではない。

それゆえ、リオネルはエミリアの心を、念話で読んだりはしない。


やがて……リオネルは、エミリアお勧めの店へ到着した。


エミリアお勧めの店は、おしゃれなカフェレストランである。


雰囲気、仕様は全く違うが、リオネルは懐かしい。


故郷のソヴァール王国王都オルドルを出発する前日……

初恋の人、ナタリーが企画し、女子のみの送別会を、

おしゃれなカフェレストランで行ってくれたのを思い出したのだ。


そんなこんなで、店内へ入ったふたり。

席に向かい合って座る。


「このお店は、私のとっておきのお店です。お料理が美味しいのは勿論、雰囲気がとっても良く、お値段もリーズナブルなんです」


「ええ、確かに、素敵なお店ですね」


エミリアの言葉にリオネルも同意した。

アクィラ王国仕様の内装で若者向けの店らしいが、

派手でなく、品よく落ち着いた雰囲気なのである。


笑顔のエミリアが話しかけて来る。


「うふふ、リオネル様って。全然がつがつしてないですね♡」


「がつがつしていない? いえ、俺もう腹ペコです」


「うふふふふ。そうじゃありませ~ん」


「ええっと?」


実は、『おおぼけをかましている』リオネル。


エミリアの言うがつがつとは、

「隙あらば女子を口説く、ナンパを意味するがつがつ」なのだ。


業務担当者の仕事を3年務めるエミリアだが……

その可憐さ故、ついた担当者や一般の冒険者から、何かにつけ口説かれる。


無論、エミリアは身持ちが固く、全てを断っていたのだが、

そんな状況に、うんざり。

完全に、辟易へきえきしていたのだ。


今回、アウグストの命令で、リオネルの担当になった際も、

リオネルから「口説かれる」事を覚悟していた。


当然、「上手く断ろう」と思っていたのである。


しかし、しかし!

そんな気配は全くナッシング。


口説いて来るどころか、逆に、

リオネルはエミリアからの『お誘い』まで断ってしまった。


うわ!

こんな人初めて!


エミリアの、リオネルに対するファーストインプレッションは最高であった。


……その後、リオネルとエミリアは、楽しく美味しいランチを摂り、会話も弾んだ。


「リオネル様って、いろいろな事をご存知。すっごく博学なんですねえ。話していて、面白い。本当に楽しいですう」


結果、エミリアは、リオネルの素に触れ……


温厚で控えめ、話題も豊富。

気配り上手のリオネルを、大いに気に入ってしまった。


という事で、食事の後、カフェレストランを出たリオネルは、

上機嫌なエミリアの案内で、フォルミーカの街の各所を存分に堪能したのである。

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