第389話「強引な押しかけ案内であったが、リオネルは素直にお礼を告げた」

「あの、ダニエラさん。頂いた料理が美味しかったので、申し訳ありませんが、作り方を教えて頂けませんか?」


リオネルは、再び、しれっと頼んでいた。


……その15分後。

リオネルは宿を出ていた。

宿の娘ブレンダと並んで、フォルミーカの地上街を歩いている。


夕食を摂っている間に、時刻は、午後7時30分を回っていた。

完全に、夜のとばりが降りている。


フォルミーカは迷宮の街……

地上の街は、迷宮上層部に造られた地下街ほどの繁栄はない。


だが、地上街も魔導灯の淡い光が街を照らし、

数多ある居酒屋ビストロの出入り口からは、大きな喧騒が聞こえていた。


ブレンダが話しかけて来る。


「リオネルさん、凄いじゃない」


「何が、ですか?」


「だって! ウチの母さんは、料理を教えてって頼んでも簡単にはOKしないのよ。我が家に伝わる秘伝のレシピだから」


「へえ、そうなんですか」


「ええ、でも、あっさりOKしてびっくりしたわ」


「はい、ダニエラさんから教えて頂くのが楽しみですけど、それより……ブレンダさん」


「なあに?」


「ブレンダさん、いろいろ、お仕事があって、お忙しいのですよね?」


「うん! いろいろ仕事があって、忙しいわよ! 母さんを手伝って、厨房の後片付けとかあるし!」


「じゃあ、何で俺について来るんですか?」


「あら、忘れたの? 貴方が宿泊してくれたら、無料の街案内するって言ったでしょ」


呼び込みをしていたブレンダは、

宿泊する際のサービスとして、同行しての街案内を持ちかけて来た。


でも……


「確かに聞きましたけど、俺はそれ、不要だって断りましたよね?」


「ダ~メ! 私の気が済まないんだもん!」


「いや、申し訳ないっすけど、案内は要らないっす」


「ノー! 絶対に! 案内するの!」


「はあ、仕方ないっすね。でも、さっきお聞きした……宿の出入り口を閉めるのって午後9時ですよね?」


「うん! そう! 真夜中は物騒だから、ウチはいつも午後9時で閉めちゃう。しっかりと鍵をかけてね」


「じゃあ、あと1時間30分もないっすよ」


「そうね。母さんが、午後9時、時間ぴったりで、玄関を閉めちゃうと思う」


「という事で、ブレンダさんに案内して貰えるほど時間がないですし、俺、冒険者ギルドとその周囲だけ下見して、帰りますよ。明日の朝ギルドへ行く予定ですから」


「じゃあじゃあ! 私がリオネルさんを、冒険者ギルドまで連れてってあげる!」


「いや、俺、地図でギルドの場所知ってますから」


案内を、再三再四断ったリオネルであったが……

ブレンダは華麗にスルー。


リオネルの先に立って歩き出した。

何て、強引。

押しが強い人なんだろう。


苦笑したリオネルは、仕方なくブレンダの後について歩いていたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ブレンダの宿から、徒歩で約10分。


冒険者ギルドフォルミーカ支部は、地上街に建てられていた。

ちなみに、迷宮に通じる地下街には、出張所が数か所あると、

リオネルが読んだ資料には記載されている。


その約10分の間……

美しいブレンダは、何人もの男達から声をかけられた。


その殆どが、『知り合い』による『あいさつ的なもの』であったが……

中にはいわゆる『ナンパ』もあった。


しかし、ブレンダはナンパ慣れしているらしく、言葉巧みにあしらい、

スルーして行く。


後ろからついて行くリオネルも、索敵―魔力感知を張り巡らし、

『本気の悪意』を感じたら、すぐに出張ろうとスタンバイしていた。


だが、幸いそこまでのやばそうなアプローチはなかった。


……そんなこんなで、冒険者ギルドフォルミーカ支部へ到着。


フォルミーカ支部は、ソヴァール王国ワレバットの本部ほどの規模はない。

しかし、王都オルドルの支部よりは大きい。

但し、建物の外観の造りは、ソヴァール王国とは少し違う。


リオネルは、そんな印象を持った。

この時間、フォルミーカ支部は、まだ営業中である。

ワレバット同様、敷地内に宿泊施設があり、

こちらは午後10時まで、客の受付をしているからだ。


リオネルが明日出向く本館は、午後9時までの営業。


下見だけと思っていたが……

リオネルは、訪問のアポイントのみ、取っておく事にした。

ランクAだと専任の業務担当者がつく。

手続きを円滑にする為、事前に申し入れだけしようと考えたのだ。


「ブレンダさん」


「なあに、リオネルさん」


「ご案内ありがとうございます」


強引な押しかけ案内であったが、リオネルは素直にお礼を告げた。

対して、ブレンダは嬉しそうに微笑む。


「いえいえ、どういたしまして」


「1階の受付へ、明日の訪問の申し入れだけしますので、その間、ロビーで待っていて頂けますか。終わったら、ブレンダさんの宿まで一緒に戻りましょう」


「分かったわ、良いわよ」


という事で、リオネルとブレンダは本館へ入った。


1階は、受付、業務カウンター、掲示板、ロビーというのは、

本部も支部も同じである。

外観と同じように、内装の仕様、デザインもソヴァール王国とは少し異なっていた。


時間が時間だけに、冒険者は少ない。

基本的に、ギルド内でのナンパ行為は禁止であるし、屈強な警備員も巡回している。

多分、大丈夫であろう。


万が一何かあれば、すぐに駆け付ければいい。


ブレンダがロビーの長椅子に座るのを見届けてから、リオネルは受付へ。

所属登録証を見せ、明日訪問の申し入れをするのだ。


リオネルの所属登録証を見た職員は、若きランクA冒険者に驚きながらも、

「明日、お待ちしております」と笑顔で答えてくれたのである。

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