第367話「見よ! リオネル! 手本じゃから、我が詠唱を聞かせよう」

『さあ! リオネル君、基礎訓練は終わりで、ここからが本番だよお!』


マイムはそう言うと、いたずらっぽく笑った。


『本番……ですか?』


『ええ、本番の訓練、もしくは修行なの!』


『はい、了解です』


『うん! じゃあ、まずは泳ぎ! 自由自在に、高速で泳ぐ獣や魚のようになるのよっ!』


『はあ、自由自在に、高速で泳ぐ獣や魚のようになるのですか』


『うん! 水の加護のお陰で、おぼれる事はないからさ』


『成る程』


『気のない返事ね。……水の加護を与えておいて、今更だけど、リオネル君って泳げるの?』


『ええっと、25mくらいなら、泳げます』


『わお! 25m? どうして? そんなに凄い身体能力があるのに?』


マイムは、時速70kmで湖面を走るリオネルの身体能力を見て、

信じられないらしい。


まあ、速く走れる者が、水泳も得意とは限らないが。


少し考えてから、リオネルは言葉を選んで言う。

見よう見まねのスキルうんぬんは、話がややこしいので、敢えて告げない。


『……いや、マイム様。俺がこういうふうに走れるようになったのは、覚醒してからです』


『覚醒……ねえ』


『はい、覚醒前は、通っていた魔法学校のプールが25mあって、片道ぎりぎり泳げていました』


『ふううん、そうなんだあ』


『はい、水の加護を頂き、おぼれる事はないので、覚醒した身体でどこまで泳げるのか楽しみですよ』


『だね! じゃあ、早速泳いでみようか』


『はい!』


『最初は浅めの降下で、水中の上層を泳ごう』


『了解です』


リオネルは、5m降下した。


手足を軽く動かしてみる。

水の抵抗がほとんどなく、軽く水をさばける事に驚く。


底知れぬ身体能力、水の加護で、水と一体化し、息つぎ不要。


どこまでも、どこまでも、泳げそうな気がする。


そんなリオネルの心を見抜くように、マイムは言う。


『うふふふ♡ 思いっきりガンガン泳いでみようかあ! 泳ぎ方は私が教えてあげるよお!』


『ありがとうございます』


リオネルは、まずクロール、平泳ぎで、水中を泳いでみた。

やはり全然、水が身体になじみ、するすると自然に泳げる。


クロール、平泳ぎを充分に練習した後、

マイムから、背泳ぎ、潜水泳法、バタフライなども習い、泳いでみるが、

これらも問題なく、泳げた。


終いには、広大なアガムをこれまた縦横無尽に泳ぎまくったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


いろいろな泳法で泳ぎまくった後、

リオネルは、アガムの湖面に立っていた。


その傍らでは、ウンディーネのマイムが満足そうに微笑んでいる。


『よっし! これでリオネル君は、いろいろな泳ぎ方で、湖は勿論、川でも海でも、どんな場所でも泳げるわ。後は急流とか、大嵐の時でも泳げるように訓練すれば完璧ね♡』


マイムが言い切ったその時。


『ふむ、その訓練から、わらわが手伝ってやろう』


いきなり、リオネルの心に厳かな声が響いた。

聞き覚えのある声である。


同時にアリトンが、マイムよりもやや高い空中に現れた。


順調な訓練を見守っていたのか、上機嫌らしく、リオネルを見て、面白そうに笑っている。


マイムにも、アリトンの声が伝わったらしく、うやうやしく一礼した。


『アリトン様! お越しでございますか』


『うむ! 今、参ったぞ! そろそろ頃合いだと思ってな! マイムよ、ご苦労であった!』


リオネルを指導したマイムを労わるアリトン。


対して、優しく言葉をかけられ、マイムは嬉しそうである。


『ありがたきお言葉! では、私ははずしましょうか、アリトン様!』


『いや、そのままで良い! 妾とともに、リオネルへ指導を行うのじゃ!』


『ははっ! アリトン様! かしこまりました! ご指示をお願い致します』


リオネルの言葉を聞き、アリトンは満足そうに頷く。


『ふむ、リオネルよ! 先ほどなんじは、水を友とし、自身の身体を運んだな』


『はいっ! 運びました!』


先ほどの記憶が甦る。


そう、リオネルはマイムの指導により、『聖なる水よ、我を運べ!』と心で念じ、

最初はさざなみで微速、更に中速、高速と、魔力の加減で、

水を様々な『波』に変え、自身をを自在に運んだ。


まるで自身が、洋上を進む快速船になったような楽しい気分だった。


つらつらと考えるリオネルへアリトンは言う。


『リオネルよ、今度は、攻め寄せる敵を押し戻すよう水へ命じるのじゃ!』


『はい! 攻め寄せる敵を押し戻すよう、水へ命じるのですね』


リオネルの心の中で、アリトンの言葉がまたもリフレインする。


わらわが与える加護とはな、水を、己の分身に等しい、偉大なる戦友とする事だ』


『リオネルよ! ひとたび、なんじが命じれば、水は千変万化あらゆる形をとり、敵を攻撃し、味方を守る。また水は味方を運び、敵を押し流すであろう。無論、詠唱などは不要、心で念じるだけで良い!』


そんなリオネルの心を見抜くよう、アリトンは満足そうに頷く。


『うむ! そうじゃ! わらわの言葉を忘れるでないぞ!』 


そしてアガムの一画を指さした。


『見よ! リオネル! 手本じゃから、我が詠唱を聞かせよう……聖なる水よ、我が敵を押し戻せ!』


すると!

アリトンの詠唱とともに、アガムの湖面が10mほど盛り上がり、大きな波となり、

『見えない敵』へと向かって行ったのである。

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