第358話「リオネルには全く身に覚えがない」

リオネルの目の前の湖面の上には、

水色のヴェールをまとった美しい少女が、ふわふわと浮かんでいた。


少女の髪はプラチナブロンドで肩の辺りまで伸びている。


切れ長の目で、瞳は碧眼。


鼻筋がすっと通り、唇は小さい。


身体はスレンダーでスタイル抜群。


少女は……人間ではない。

かといって、亡霊ではない。

多分、精霊か、妖精ではないのか。


リオネルは、これまで「人ならざるもの」……数多の人外に接して来たから、

少女の正体がほぼ推測出来た。


人外達とは、懇親し、時にはスルー、敵対し襲って来た相手とは戦って来た。


目の前の少女はといえば、先ほどリオネルが感じた通り、

殺意は勿論、悪意も感じない。


但し、人外とのアプローチには、慎重でなければならない。

いきなり、こちらから名乗るなど、うかつな行為は避けなければならない。


元々リオネルは用心深いが、

価値観や考え方が人間とは違う人外とのやりとりは、特に慎重となるのだ。


『あの、俺、通りすがりの単なる冒険者ですが、何か御用ですかね?』


『うん! 用事ありありっ!』


『そうですか』


『うん! 少年! 君がさっき、どうしようもない愚劣な不心得者がしでかした後始末をしてくれたよね!』


『どうしようもない愚劣な不心得者がしでかした後始末……って、キャンプ跡の掃除の事ですかね?』


『そうそう! 自然を敬愛する心が全くない! 最低最悪な人間どもの事!』


『まあ、確かに……ああいう奴らには、犯した悪行が、いつか自分に跳ね返って来るとは思いますが、とりあえず同じ人間族の俺が謝ります。……申し訳ありませんでした』


リオネルは、湖面に浮かぶ少女に向かい、深く一礼した。

対して、少女は満足そうに頷く。


『うん! 少年! 君はやっぱ、自然に対する敬愛の心をよ~く分かってるね!』


『いえ、それほどでは、……じゃあ失礼します』


一礼したリオネルはきびすを返し、立ち去ろうとした。


対して、宙に浮かぶ少女は、


『うん! バイバイ! 湖畔を掃除してくれてありがとね!』


と笑顔で手をひらひら振ったが、ハッとし。


『って、違~う! 少年!! ちょ~っと待ったあ!!!』


と声を張り上げた。


仕方なく振り返るリオネル。


『えっと、俺にまだ何か、御用ですか?』


『うん! 御用ありあり! 大ありだよぉ! 少年! 否! リオネル・ロートレック君!!』


やはりというか、少女はリオネルの名を知っていた。


こうなったら少女の話を聞くしかない。


『改めまして! 確かに俺はリオネル・ロートレックですが、御用というのをお聞かせ頂けますか?』


あいさつをし微笑んだリオネルは、今度は軽く少女へ、一礼したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


リオネルのあいさつに対し、プラチナブロンド、碧眼の少女は、


『うふふふふ♡ リオネル君! 私はマイム! ウンディーネのマイムよ!』


『水の精霊、ウンディーネのマイム様……ですか』


補足しよう。

ウンディーネは、4大精霊のうち、水の元素を司る精霊。

美しい女性の姿をしており、水を退かせたり、逆に枯れた井戸へ水を呼ぶなど、

水を自在に操る能力を持つ。


リオネルの心に、地の最上級精霊ティエラの発した言葉がリフレインする。


『じゃあね、リオ! 水界王アリトン様! 火界王パイモン様も! 近いうちに現れるでしょう! おふたりとは上手くやりなさい!』


そう、今リオネルの前に現れたウンディーネのマイムは、

高貴なる4界王のうち、水界王アリトンに仕える眷属なのだ。


という事はアリトンが、何らかのアプローチをして来たのかもしれない。


しかし、展開が予想出来ても、リオネルはあからさまに尋ねたりはしなかった。


『で、マイム様、俺へ質問とは何でしょう?』


『あはは、私の最初の呼びかけを憶えていたのね、結構、結構』


マイムは上機嫌のようだ。


『はい、まあ……』


『で、リオネル君!』


『はい』


『ここで質問です。貴方が落とした剣は、このうちどれでしょう?』


『剣? 落とした?』


マイムから受けた質問は全く不可解だ。

リオネル愛用、ミスリル製のスクラマサクスは、今現在、

ちゃんと腰から提げられていたから。


また……

以前使っていた鋼鉄製のスクラマサクスも、

予備の剣として収納の腕輪へしまってあり、紛失などしていない。


つまり、剣を落としたなど、リオネルには全く身に覚えがない。


『マイム様、俺、剣……落としてないんですが、ほらこの通り……』


リオネルは剣の鞘を持ち、アピールしたが……


マイムはそんなリオネルのアピールを華麗にスルー。


ピン!

と指を鳴らせば、不可思議な事に、

いきなり剣が3つ、彼女の脇に現れたのである。

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