第338話「何となく、用件も予想出来る」

リオネルが、旅の途中で出会った宙に浮かぶ少女が、人間でない事はすぐ判明した。

彼女の背には、透明な2枚の羽根が生えていたのだ。


リオネルには少女の正体がすぐに分かった。


『ええっと……貴女は、風の精霊……シルフ様でしょうか?』


『ピンポーン! 大当たりぃ! 人間には良く妖精のピクシーと間違えられるのよ。本当に愚かっていうか、超が付く失礼な話よね!』


『はあ、そうなんですか』


『うん! 私は妖精じゃなく、風の精霊! シルフのリーアよ。君は、リオネル・ロートレックでしょ?』


『はい、確かに俺はリオネル・ロートレックですが、何か御用でしょうか?』


『ええ! 君を連れて来いって、我があるじから命令されたわ』


『俺をですか?』


『うん! そう!』


フレンドリーなのか、軽いのか、分からないが、

リーアは明るく朗らかだ。

彼女の発する波動に悪意、敵意は感じられない。


ついて行こうか、迷う……


リオネルは、ある冒険者から聞いた事がある。

一番、注意するのは、恐ろしい形相で威嚇し、襲って来る敵ではない。


無表情でいきなり武器を振るう、もしくは笑いながら刺して来る相手であると。


その言葉は、剣技、格闘技、そして魔法に通じる。


戦いの最中、技を繰り出す際、武道者はため、もしくは予備動作を見せる。

それゆえ、ため、予備動作で相手の技を予測し、見切り、対処する事が出来るのだ。


しかし、ため、予備動作なしの相手は次の動作の予測が出来ず、

対処に苦労し、難儀する場合が多い。


魔法も同じである。

通常、発動までに体内魔力の上昇、精神統一、言霊及び呪文の詠唱、発動という一連の流れがあり、相当の時間を要する。


しかし、この時間を限りなく短縮し、いきなり魔法を発動したら、どうだろう。

相手は、対処に苦労し、反撃の隙もない。


武道でも魔法でも、対処が不可能ならば、

即座に、自由を奪われるか、負傷させられるか、殺されてしまう。


リオネルはといえば、人間の域を超えた動物の能力で、ため、予備動作を最小限にし、攻撃防御が可能。


魔法もスキル等により、無詠唱、神速の発動が可能。


更に念話による読心……サトリの能力で、相手の行動が先読み可能。

全属性魔法使用者オールラウンダーとして、属性魔法全てと数多のスキルを習得もしている。

レベル24なのに、圧倒的な強さを見せるのは必然である。


加えてリオネルの性格は穏やかだが、敵には容赦しない。

自分でも意識しないうちに、最も敵にはしたくない存在になっていたのだ。


さてさて!

少し回り道をしたが……話を戻そう。


油断はしない。

だが、とりあえず、風の精霊シルフのリーアを信用したリオネル。


リーアは、すいっと飛び、リオネルへ向かい、おいでおいでをした。

彼女が手招きするのは森の奥へ続く、獣道らしき隙間である。


……隙間の奥は、何故なのか見通せない。

何があるのだろうか?


くいっ、くいっと、リーアは再び手招きする。


『リオネル、こっちへ来て』


『リーア様。森の奥に、何かあるのでしょうか?』


『うふふ♡ 素敵で不可思議な場所よ♡』


素敵で不可思議な場所……

……危険は感じない。

心の内なる声は何も告げては来ない。


急ぐ旅でもない。

時間はたっぷりある。


リオネルは意を決し、リーアの後に続き、足を踏み入れたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


リーアの後について、獣道らしき隙間へ足を踏み入れた瞬間。


不可思議な感覚がリオネルを襲った。

平衡感覚が失われる!

はっきりと言葉で表せない感覚としか言いようがない。


そして、気が付けばリオネルは何と!


険しい峡谷の中に立っていたのだ。


目の前には、速い流れの蒼い急流があり、見上げれば岩壁がむき出しの高い山々が連なっていた。


急流のおおもとをずっとたどれば、突き当りも険しい岩山であり、大きな滝が流れ落ちていた。


美しく雄大であり、幽玄と言っても良い風景である。


そして、ますます空気が美味しかった。


多分ここへ現世ではなく『異界』なのだろう。

街道脇の獣道と「つないだ」に違いない。


リーアが得意げに言う。


『うふふ、ここは風の谷……風の精霊の境地といえる場所よ』


『風の谷……ですか』


『ええ、素敵で不可思議な場所で、更に更に空気が美味しいでしょ?』


対して、リオネルは淡々と答える。


『はい、確かに』


『あら? 戸惑ったり慌てたりせず、意外と落ち着いているわね』


『ええ、綺麗な場所ですね』


リオネルは言葉を戻しながら、いろいろ考えていた。


シルフが主と仰ぐ存在とは、高貴なる4界王のひとり、空気界王オリエンスであろう。


高貴なる4界王のひとりアマイモンの愛娘、

地の最上級精霊、ティエラの言葉が思い出される。


『この世界における大いなる自然の営み、そのスケールは勿論、術者の持てる力と数が、私達4大精霊の力には、大きな影響を及ぼす』


『だから、リオを属性魔法の中では、地の属性魔法を最も得手とする術者、全属性魔法使用者オールラウンダーにしたいわ。そうなれば、この世界における地の魔力が著しく大きくなるからね』


『ここで私が地の加護を与えれば、空気界王オリエンス様も、水界王アリトン様も、火界王パイモン様も黙っていない。続々と、リオへ自分の加護を与えに来るわ』


空気界王オリエンスが、配下のシルフ、リーアへ自分を連れて来いと命じた……

何となく、用件も予想出来る。


つらつら考えるリオネル。


一方、ほとんどノーリアクションの、リオネルを見て、リーアは苛立ったらしい。


『もう! 噂通り、反応うっすいぃ!』


その瞬間!


どどどどどどどど~~~んんん!!!!!


とんでもなく大きな衝撃音が、風の谷へ鳴り響いたのである。

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