第325話「実は、リオネルも同じ事を考えていた」
「ジェローム様! エリーゼは、心の底から嬉しゅうございます!」
物見やぐらにおいて、エリーゼが、ジェロームを敬称で呼び、
熱く見つめてから、約2時間後……時間はまだ午後1時になってはいない。
朝一番で出撃し、激闘を終えたのに……まるで、何事もなかったかのように、
泰然自若とした雰囲気で、リオネルがレサン村へ帰還した。
傍らに灰色狼のような巨大な犬……擬態した魔獣ケルベロスを連れている。
鋼鉄製ゴーレム10体は、巣穴前に残し、ゴブリンの死骸の『番』をさせていた。
アスプ6体は、収納の腕輪へ戻している。
「冒険者リオネル・ロートレックが、ただいま、戻りましたあ!」
手を大きく打ち振り、声を張り上げたリオネル。
物見やぐらには、エリーゼとジェロームの姿はなく、
現在は、自警団員の門番担当が陣取っていた。
門番はリオネルの姿を認め、慌てて合図をする。
すると門番の合図に応え、村の正門が開いて行く。
開いた正門の向こう側、村内には、相棒のジェロームが、
領主代行のエリーゼ、家令のバンジャマン、そして多くの村民達が待っていた。
リオネルの報告を待つ全員が、期待と不安を抱いている。
期待とは、当然ゴブリンの完全な討伐。
不安とは、敵わずと見て臆し、逃げ帰って来た……現状が何も変わらない事だ。
ここでジェロームが、一歩、二歩と進み出る。
彼の傍らにはエリーゼが、やはり寄り添うように立っていた。
しかし!
リオネルが出撃した時とは、決定的に違う事があった。
何と何と何と!
エリーゼの小さな手が、ジェロームのごつい手をしっかりと握っていたのだ。
そして、エリーゼ、ジェロームとも、晴れやかに笑っていた。
目ざとくその衝撃の事実を認識したリオネル。
背後で、バンジャマンが苦笑しているのを見れば、
どちらかが無理やり、手をつないだ……というわけではないだろう。
双方が合意の上、心の距離を縮めたに違いない。
リオネルは、すぐに状況を理解した。
ジェロームは自分の出したミッション、
「亡くなった兄アンリの代わりに、ジェロームはエリーゼを優しく慰めてやるように」……を見事に完遂したと。
否、慰めて、ミッションを完遂したどころではない。
ジェロームは予想以上の結果を出した。
間違いなくジェロームは、エリーゼの信頼を得たのだ。
それも、愛のきっかけとなりえる深き信頼を。
こうなると、リオネルは『祝い』として、華々しく、勝利を伝える必要がある。
リオネルは嬉しくなり、微笑むと、
改めて大きな声を張り上げる。
「エリーゼ様!! バンジャマン様!! 村民の皆さま! そして我が友ジェロームよ! 吉報です! 先ほど! 冒険者リオネル・ロートレックは! この地に巣食うゴブリンを完全に討伐致しました!!」
「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」
大きな歓声が湧きあがった。
リオネルの言葉がもたらした衝撃は大きい。
約2年にわたって続き、多くの犠牲を出したゴブリンとの戦いが、
遂に幕を閉じたのだ。
それも!
たったひとりの冒険者の手によって!
喜びに我を忘れたエリーゼは、思わずジェロームへ飛びついていたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「す、す、すみませ~んんん!!!」
ジェロームに飛びついた後、ハッとし、真っ赤になるエリーゼ。
親しい相手に対し、ハグをする場合もあるが、
対外的にジェロームは、昨日会ったばかり、赤の他人で男子である。
村民達の目の前、領主代行という公的な立場があった。
エリーゼは「はしたなかった」と大謝りして、慌てて離れ、手も放したのだ。
一方、抱きつかれたジェロームは、何故か慌てなかった。
頬を紅潮させたエリーゼをかばうように、ゆっくりと前に出た。
リオネルを見据え、言い放つ。
「本当にお疲れさん、リオネル。俺は、お前がやり遂げてくれると信じていたよ」
「おう! やったよ」
「ああ、いつもの事だと思ってた。お前がゴブリンなど、一蹴して戻って来るってさ」
「いやいや、一蹴とまではいかないが、ケルに勢子をやって貰い、巣穴から追い出したところを魔法で全部倒したよ。死骸は完遂確認の為、そのままにして、ゴーレムに番をさせている」
「そうか! 本当に凄いよ、お前は! で、どうする? 少し休むか?」
「いや、大丈夫だ。もしもエリーゼ様、バンジャマン様にご都合がつけば、依頼の完遂確認をして貰いたいな」
「ああ、俺はおふたりとその件で話したが、その前に、お前にお願いがある!」
「お願い? 遠慮なく言ってみてくれ」
「うん! 疲れているところを申し訳ないが、お前の上位回復魔法を使い、心労でお倒れになったエリーゼ様のお父上、アロイス・カントルーブ男爵閣下の治癒をして欲しいんだ」
ジェロームの話を聞き、リオネルは頷く。
実は、リオネルも同じ事を考えていた。
ゴブリン討伐を終え、完遂確認をしたら、カントルーブ家の城館へ赴き、
エリーゼの父、領主アロイスの治癒をしようと。
吉報を知り、加えてアロイスの身体が治れば、
カントルーブ家は歓びの声にあふれるに違いないからだ。
完遂確認と順番が前後するが、何の問題もない。
ジェロームは、仲良くなったエリーゼといろいろと話をしたのだろう。
その際、彼女が敬愛する父アロイスの病状に関し、相談を受けたに違いなかった。
そして、リオネルの回復魔法『全快』が心身を癒やす絶大な効果を思い出し、
治癒を行う提案をした。
ジェロームは、信じていたのだ。
母と自分を見捨てた非道な父を反面教師として、人として生きるべき道を。
「義を見てせざるは勇無きなり」という言葉を。
それゆえ、己の身を挺して、馬車の乗客を護る為にゴブリンと戦った。
自分の想いを体現し、人々の難儀を救う親友リオネルが、
エリーゼの為に、「回復魔法の行使を絶対に了解してくれる」とも信じていた。
「ああ、俺の魔法で治癒出来るかどうかは確約出来ないが、全力を尽くすよ。すぐ城館へ伺おう」
ジェロームが信じた通り、リオネルは柔らかく微笑み、城館行きを快諾したのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます