第324話「ジェローム様! エリーゼは、心の底から嬉しゅうございます!」

エリーゼの言葉が途切れ途切れとなり、泣き声になり、鼻をすする音が聞こえた。


驚いたジェロームが、エリーゼの顔を見やれば……

彼女の目には、涙がいっぱい溜まっていた。


エリーゼは、ジェロームと話すうちに、つい亡き兄アンリを思い出したのだ。

……彼女は幼い頃から10歳離れた優しく強い兄を慕っていた。


いつも兄は自分に優しく、そして守ってくれた。

騎士らしく、武勇に優れ、領民に慕われ、カントルーブ家の後継ぎとして、将来も嘱望されていた。


しかし、兄は3年前、病におかされ亡くなってしまった……

「自分の分まで生きろ、エリーゼ。カントルーブ家を、父を頼む」と言い残して……


ゴブリン討伐の為やって来た冒険者のジェロームは、

自分は勿論、家令のバンジャマンが認めるくらい、亡き兄アンリに似ていたのである。


一方のジェロームはといえば……葛藤していた。


高い物見やぐらにおいて、自分より3つ下、15歳の少女とふたりきり……

その少女が悲しそうに泣きじゃくっている……


この状況って……非常にまずいんじゃないか!?


はたから見れば、まるで自分が酷い事をして、泣かせたように見えるじゃないか!


と思いつつも、リオネルに悲惨な生い立ちを語った通り、

薄幸な人生を送って来たジェロームは、

女子の身で孤軍奮闘するエリーゼの気持ちが分かるような気がするのだ。


心労で倒れた父になり代わり、心より慕っていた亡兄への想いを胸に、

弱音のひと言も吐かず……

家の存亡を懸けた魔物との戦いという、とんでもないプレッシャーの中、

ひたすら頑張って来た15歳の少女。


そう思うと、この状況はまずいとか、誤解されるとか、言っている場合じゃない!


でも!

女子に不慣れな自分では、どう言葉をかけてあげれば良いのか、分からない!


でもでも!


やらなければ!


ジェロームは、遂に決心した。


「エ、エ、エ、エリーゼ様ああ!」


大きな声で、とんでもなく噛んで呼びかけるジェローム。


釣られて、エリーゼも噛む。

それも大きく。


「は、は、は、はいっ!」


「だ、大丈夫です!」


「ジェ、ジェローム殿!! だ、だ、大丈夫!? とは!!??」


「は、はいっ! エ、エリーゼ様! あ、安心してくださいっ! リオネルは! あいつはゴブリンには絶対に負けません! 無敵です! 無敵なんです!!」


ジェロームは、必死にエリーゼを力づけよう、慰めようとしているのだが、

あまりにも気持ちが先走り、発する言葉が全く妥当ではない。

はっきり言って支離滅裂だ。


幸い、感情が高ぶってもエリーゼは、まだまともに判断が出来ている。


「落ち着いてください! ジェローム殿! リオネル殿が無敵って!!?? ど、どういう事ですかっ!!」


という事で、何とか先に落ち着いたのは、エリーゼであった。


そんなエリーゼを見て、す~は~と無理やり深呼吸し、ジェロームも噛まなくなる。


そして大きく息を吸い込み、一気に言い放つ。


「はい!! 初めてあいつと出会った時!! 俺は王都から出発した乗合馬車に乗っていました!! そして! ワレバット近郊で!! いきなり300ものゴブリンどもに襲われて、騎士として!! 乗客を守りながら必死に戦っていたんです!! 俺は死を覚悟致しました!!」


噛まなくなった代わり、まるで親しき相手に話すように、

ジェロームは、自分を『俺』と言っていた。


しかし!

エリーゼも、とがめたりはしない。


それどころか、熱心にジェロームの話を聞き、驚いている。


「まあ! 死を覚悟されて!?」


ジェロームは、口だけでなく身振り手振り、擬音まで入れ、情景を語り部のように、リアルに話している。


「はい! 完全に死を覚悟致しました! だがその時! あいつは属性の通り! まるでびゅっ! と風のように現れ! あっという間に全てのゴブリンを倒してしまいましたっ! かすり傷ひとつ負わずにですよ!」


「す、凄い!」


「はい! リオネルは本当に凄いです! 俺は出会って以来、ずっと、あいつの戦いぶりを見て来ました! そして、あいつは俺の目の前で、数多の難儀する人々を助けて来ました!」


「ジェローム殿……」 


「修行中の俺もあいつのようにひとりでも多く、難儀する人々を助けたい!」


「………………」 


「俺は信じています! 心の底から信じています! あいつは必ず勝って戻って来ます! このレサン村に、平和をもたらします! ですから! 勝利を信じて待ちましょう!」


きっぱりと言い切ったジェローム。

話は、ますます盛り上がる。


「はい! 信じて、リオネル殿をお待ち致しましょう! ジェローム殿!」


ここで、ジェロームは、最悪の事も考える。

予定は未定というリオネルの口癖を思い出したのだ。


「ま、万が一」


「万が一?」


「はい!! リオネルが戻って来ない場合は……俺が、ゴブリンどもを倒します!! エリーゼ様を絶対に守り抜きます!!」


「え!!??」


「エリーゼ様を!! この命に懸けて、絶対にお守り致します!! お約束致します!!」


勢いの上とはいえ……

最後に告げたのは、まさにジェロームの本音であり、騎士としての心意気。


エリーゼにとっては、最も心に響く言葉である。


「ジェローム様! エリーゼは、心の底から嬉しゅうございます!」


殿ではなく『様』


何と!

エリーゼは、ジェロームを敬称で呼んだ。


真っ青な大空の下、高い物見やぐらでふたりきり……


大きな声を発したエリーゼは、熱くジェロームを見つめていたのである。

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