第289話「……無茶だよ、リオネル」

リオネルとジェロームは、冒険者ギルド総本部において、

受諾を検討する依頼の候補をいくつか貰い、自宅へ持ち帰って来た。


昼飯は途中、市場へ寄って購入した様々な料理のテイクアウト。

数種類のパン、肉料理、魚料理、サラダなど。

スープは今朝仕込んでおいたものを温める。


また肉野菜等の食材も併せて購入したのは、

リオネルが夕食を作ると宣言したからである。


リオネルにならい、ジェロームも少しずつ家事を行うようになっていた。

それがリオネルの自宅を宿代わりにさせて貰う条件でもあったから。


試行錯誤の末、掃除、洗濯は何とか行えるようになった。

実家では使用人が行う仕事であり、初体験で四苦八苦していたが、

宿屋稼業で鍛えられ、その後も経験を積んだリオネルが、

家事全般、オールマイティに何でもこなすのを見て、奮起したのである。


ジェロームが特に熱心に学んだのが料理である。


といっても、すぐには「ばりばり」料理が出来るはずもなく、

食材の購入手伝い、野菜などの洗浄、皮むき、食事後の皿洗い、

ごみ捨てなどから始めて……

現在はやっと、朝食の際出す、スクランブルエッグが作れるようになったのだ。


しかし、初めて満足の行くスクランブルエッグを作り、

食べた時ジェロームは感激していた。


卵を割る際、何度も何度もカラが入ってしまったり、焦がしもし、

味付けも上手く行かず、相当苦労したからである。


更に自分が作ったスクランブルエッグを、


「美味しいよ、ジェローム、もっと食べたいから頼む」


と、リオネルが告げ、お代わりを頼まれた時は大いに喜んだ。


武道一筋のジェロームが、武勇をほめられる事はあっても、

他の分野で人から感謝され、礼を言われ、評価された事は一度もなかったからだ。


以来、「料理って凄いな。作って食べるのは楽しいな」


が口癖となった。


そして、


「いつか出会う運命の『想い人』に、自分の作る料理を食べて貰いたい」


というリオネルの夢のひとつを聞き、


「リオネル! その夢、俺も乗った!」


と笑顔で同意したのである。


というわけで昼食を摂りながら、依頼のチェックをする前に、

リオネル達は夕食の下ごしらえと仕込みをした。


「ああ、楽しみだ、リオネル! 俺達宛に、どんな依頼があるのか、開けるのが待ち遠しいよ」


「うん、そうだな、ジェローム」


ふたちは笑顔で作業し、購入して来た料理を更に盛り付け、

「お疲れ様」と労わり合い、

昼食を開始した上で、書類入れを開けたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


少々行儀が悪いが……パンを食べ、料理を頬張り、スープを口に含みながら、

リオネルとジェロームは、依頼候補をチェックして行く。


事前に希望を頼んでおいたから、書類入れへ入っていたのは、

討伐系の依頼オンリーである。


今回提案された依頼は、リオネルの実績に基づいたものらしい。


討伐する魔物はゴブリン、オーク、不死者アンデッドなど、

リオネルが既に戦ったものが多い。

討伐数は、500体から1,000体までというものが殆どであった。


ちなみに、冒険者ギルドの所属登録証の魔導システムにより、

リオネルが倒した魔物は、全て記録されている。


また稀なケースとして、ギルドのデータベースにない相手だと、

『アンノウン』……つまり未知の存在として、特徴のみ記録されると聞いた。


さてさて!

依頼内容と条件が記載された書類を、ジェロームは厳しい表情で読み込んでいる。

どうやら、さきほどまでのウキウキ気分は吹き飛んでしまったようだ。

ぱくぱく食事をした勢いも止まっていた。


リオネルの底知れぬ強さは認識しているとはいえ、

実際に自分が参加して戦うとなると、不安な気持ちが生じているらしい。


一方……

全てに目を通したが、依頼の中でリオネルが懸念し、

避けたい、断りたいというものはなかった。


油断大敵、勝って兜の緒を締めよという『ことわざ』は、

リオネルがいつも心掛けている教訓だ。


慢心して、脇を甘くするつもりはない。


それを踏まえた上で、リオネルは言う。


「ジェローム」


「ん?」


「今回、冒険者ギルドから提示された依頼で、俺が難ありと感じるものはない」


「え!? 難ありと感じるものがないって!? そ、そうなのかあ!!」


「ああ、多分、今回の案件は、ギルドがこれまでの俺の実績に基づいて、依頼を出して来たんだ」


「そ、そ、それは分かる! で、で、でもさ! ど、ど、どの依頼も討伐数が500体以上だぞ。 お、多いのは1,000体だ!」


「ああ、そうだよ」


「おいおい! ああ、そうだよって……え、ええっと……ね、念の為聞くが、お、俺とお前のふたりで倒すんだよな」


先ほど、リオネルはケルベロス以外にも仲間が居ると伝えていた。

しかし、ジェロームは失念している。


「人間はふたり」という意味で、リオネルは一旦、肯定する。


「ああ、基本的には間違いない」


「い、いや! 基本的には間違いないって!」


ジェロームは驚きの連続。

少し間を置いて、自分を落ち着かせ、息も整える。


「リオネル! この依頼はとんでもないものばかりだ! た、確かにお前は300体のゴブリンをあっという間に屠ったくらいもの凄いし、あの強い狼犬も居るが……この依頼は全て最低でも10人以上、大人数の上位クラン向けの依頼だと思うぞ」


「大丈夫! 俺がばっちりフォローする。ジェロームは己の力を最大限、発揮すれば構わない」


「むうう……無茶だよ、リオネル」


「いや、問題ない。その理由をこれから説明するよ」


提示された依頼の、あまりの高難度さに、乗り気になれないジェロームに対し、

リオネルは淡々と言い、柔らかく微笑んだのである。

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